2012年7月25日水曜日

コンセンサス会議


 地域の課題解決に対しては、従来行政や研究者が主導的な役割を果たし、その結果を市民が享受するという構図が一般的である。野尻湖博物館の建設過程でも述べたように、地域の課題解決に対して、行政が実質的に主導的な役割を果たす方が、効率的で予算編成や議会対応といった面で調整が図りやすい。こうした手法は、地域に存在する課題の原因を誰もが特定しやすく、解決策が明確である場合に有効に機能してきた。
 
 しかし、今日、地域の課題は、複数の要因が複雑に絡み合い、原因を特定することが困難である。そして、行政だけでは、明確な解決策を生み出すことができない。それゆえに、ステークホルダー間で調整を図り、妥協点を見出すことが現実的な解決手法となっている。

もちろん、博物館や文化ホール建設など、文化政策分野においても同様のことが当てはまる。1960年代以降に整備された公立文化施設の老朽化が近年問題となり、建替えや改修を必要としている現状を考えれば、今後、ステークホルダー相互の調整手法を文化政策分野において確立しておくことは、有効であろう。

 この地域の課題を解決する手法として注目したいのが、コンセンサス会議である。この会議の手法を簡潔に記すと、専門家パネルと市民パネルを事務局が選出し、ファシリテーターが議会の進行を担う。市民が専門的知識を得た上で、この会議で解決策を創出し、結果を行政が施策に組み込む。


 このコンセンサス会議の中でも注目したいのは、2001年に行われた静岡県浜松市土木事務所による「安間川改修計画の策定」である。内容は、以下のとおりである。

【問題点】

①地域協議会などでは、バランスを重んじるあまり、地域の自治会長や関係団体の代表を選ぶ傾向にあり、結果「おなじみの顔ぶれ」となることが多かった。このため、「行政の行う意見集約を形式的」「アリバイ作り」と揶揄されることもあった。

②行政の問題意識と住民のそれとに大きなズレがあったり、途中から様々な問題提起が為され、論点を整理するのに時間がかかった。

③行政と住民との距離が縮まらず、ともすれば要望の場になったり、ときには対立してしまう状況に陥り、およそ住民とともに考える場になりにくかった

【方法】
 原案策定の段階で住民の参加を求めることが計画された。コンセンサス会議の手法を用いて住民の意見を集約することを公募条件としたコーディネーターの一般公募が行われた。その結果最終的にNPOが選定された。


【経過】
 NPOは三ヶ月にわたり、現地調査と地元有識者へのヒアリングを行い、コンセンサス会議を開催した。同時にイベントを行った。たとえば、演劇ワークショップ、地球ボールの巡回、写真撮影会、水質調査とカヌー遊び、植物観察会や生物調査、文化・史跡探訪などが実施された。

 カヌー遊びや植物観察会では、安間川に湧水があることが発見され、川が単なる水の通路ではなく、大きな自然の循環の一部であることを人々が実感した。

 地球ボールは紙貼りの大玉(地球ボール)を、様々なイベントに持っていき、人々に安間川について感じること、思っていることを自由に書いてくれと呼びかけた。大玉を持ち帰った後に、紙をはずしてそこに書かれた言葉を整理し、地域の人々の川への思いを取り出していった。通常のアンケートと違い、気軽に人々の思いが書き込まれた。

コンセンサス会議では、行政は市民パネルの質問に答える役割に徹した。最終的に安間川河川構想が策定され、それを行政に提案するという形式になった。また、行政は誘導するなという指令が県の河川企画室から出ていた。

【結果】
 「床上浸水は100%解消を望むが、日常的には床下浸水を起こさせないこと」(つまり、大洪水のときには床下浸水を容認する)」という現実的な提案がなされた。川の問題に対して、お互いに議論する場が形成された。



 いくつか大事な論点が存在するが、ここではその結果に注目したい。行政が主導的役割を演じる、従来型の事業では、完璧な課題解決が市民から要求される。しかし、現実には完璧な課題解決は、ほとんどありえない。行政が最大限努力し、一定の妥協点を見出すにとどまる。ところが、行政が見出した妥協点が、必ずしも市民に受け入れられず、結果両者の溝は埋まらない。この背景には、行政側の妥協点が市民にも受け入れられるはずだという行政の思い込みと、行政の無謬性に対する市民の期待が存在する。

 安間川の事例では、大洪水の際の床下浸水を市民が容認するという結論に達したことは、現実的な課題解決にむけて、ステークホルダー間の共通認識ができあがった証拠だと筆者は考えている。その前提として、コンセンサス会議と言う場が、形式的な市民のガス抜きのためではなく、市民自身が地域の課題を考える機会として実質的に機能しているのだ。また、行政がこの会議に直接関与しないということも、行政の立ち位置を考える上で興味深い。

 文化政策の分野でも同様の形式が応用可能である。この場合、市民、行政、研究者(文化政策や博物館学など)がステークホルダーとして想定されるが、これらの関係者間における妥当性を生み出すためにも、コンセンサス会議は参考になるだろう。

<出典>

小林傳司(2007)『トランス・サイエンスの時代科学技術と社会をつなぐ 』

(ま)

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