2012年8月30日木曜日

2012年合宿


まだ幹事M1からの投稿が無い様なので、先陣を切りたいと思います、M.Oです。
この度は、準備段階で、また訪問先で多くの方々にお世話になりました。改めて深く御礼申し上げます。
また、私達の拙い合宿企画・運営にも関わらず、最後までお付合い頂きました参加者の方々にも御礼申し上げます。

準備段階において様々な文化施設や団体について調べる機会を得、また道中で諸先輩方と自由な感想・意見を交わしどの様な点に注目すべきか考える機会を得た事は、文化政策・文化でまちづくりについてまだまだ初心者の私達にとって貴重な経験となりました。
また関係者各位と連絡のやり取りを行う中で、インタビューの企画の仕方やお願いの仕方等基本的な所作について学ぶ事が出来たのも有意義であったと思います。
一方で、先生からも最後にご指摘がありましたが、全体を通じて日程や内容、あるいは費用についての相談や連絡が遅れてしまった事は反省すべき点であったと思います。

既に皆様の投稿にも記述がありますが、合宿に参加して一番印象に残ったのは、やはり実際に活動している方々の人としての魅力と、自分たちで地域を良くするんだというエネルギーでした。
今回の合宿は新鮮な驚きや発見に満ちており、実際に赴く事で、あるいはお話をする事で良い点や課題点を含め見える事が多いという事を改めて感じました。
次回は時間を充分にとり、ゆっくりとお話をうかがう機会が得られれば、と思います。
慌ただしい日程ですっかり疲れてしまったという方も多かったと思いますが(私自身もそうですが)、複数を回った事で対象を比較する事が出来たのは、合宿ならではかと思いました。

研究発表については終始慌ただしいスケジューリングとなり十分な議論の時間を確保する事が出来なかった事が悔やまれます。
事前にレジュメをMLに流して下さった方もいらっしゃったのですが、そうした準備は今後も積極的にお願いすべきかと感じました。
今まで何度もお会いしているにもかかわらず、実はどのような研究をされているのかは良く知らない、という方が意外と多い研究室かと思いますが、毎回皆様の発表を伺う度に、各アプローチから学ぶ点が多くあります。
M1もいよいよ秋学期から発表を始めるので、内心戦々恐々としておりますが、一方で様々な意見が頂けるものと楽しみにも感じています。

今回の合宿での経験を、今後の小林ゼミでのプロジェクトに取り組む際に活かしていきたいと思います。
簡単ではありますが、幹事より今回の合宿の運営における総括とさせて頂きます。
まだ一部で内部の事務処理が残っていますが、出来る限り早く対応させて頂きます。ご迷惑をおかけしておりますが、宜しくお願い致します。

(M.O)

2012年8月25日土曜日

合宿~2012年夏~

今回の合宿では、地元大野市を客観的に、そして他のまちと相対的に見ることが出来た、非常に得がたい機会でした。

大野での滞在はオプションということで、ごく一部しかご案内できませんでしたが(押しが弱くてすみません)、大野の地酒四種(源平・一乃谷・花垣・真名鶴)や美味しい水、城下町とその歴史等、知っていただけて満足しています。
あと、ホルモンも大野ではなぜか有名で、地元ではとんちゃんと呼ばれ、とんちゃん祭りという全国のホルモン店のフードバトルも8月4,5日に盛大に開催されました。

お隣の石川県に関してだけでなく、福井県内の活動に関しても、河和田アートキャンプや金津創作の森など、実は知らない事だらけでした。
特に河和田アートキャンプは、その活動のきっかけともなった福井豪雨を自分自身も間近で体験しましたが、その経験と「アート」を結びつけるなんて当時高校生の私には思いつくわけも無く、でも8年も経って東大大学院のゼミ合宿という形で繋がることになるなんて、自分の歩んできた道の奇妙さ(笑)に感慨深くもありました。
正直福井県内でアートや芸術に触れる機会なんてほとんどない、と思い込んでいましたが、福井にも確かに人が住んでいて、暮らしを楽しむ努力や工夫を行っている人達がいて、そういう人達のことについてアンテナを張らずに独りよがりで考えていても、どうしようもないなということを痛感しました。

文化政策の分野では、しばしば「先進例」的に取り上げられることの多い金沢の文化政策に深く関わってきていらっしゃる方や、「やっぱり「人」なんです」としみじみ語っていらした一本杉通りの方のお話からは学ぶものがとても多く、だからと言って大野がだめだというわけではなくて、いろんな人がいるから人生楽しいように、色んなまちがあるから日本は面白い、と思いました。決して楽観視はできないかもしれないけど、田舎であっても、自分の信念を持って、大なり小なり何かをやり遂げた人、あるいはやり遂げようとしている人がいる。そういう人達がいるかぎり、田舎は終わらない、と勇気をもらいました。

これから働き出しても、人見知りに打ち勝ってじわじわと色んなネットワークを広げていって(昨年度と今年、まさかの全く違う土地でお名前をお聞きしたあの方のように)、熱い思いをもった地域の方の支援をしていけるような人材に成長したいし、いずれは大野のためになるような仕事に関われたら、と志を改めて確認した夏でした。

ではここで、再び文字を大にして宣伝です。
大野の特産品(地酒含む!)が板橋区大山町にあるとれたて村
http://www.haro.or.jp/toretate.php
というアンテナショップや
ふくい南青山291http://fukui.291ma.jp/shop/
にて絶賛販売中です!!

とれたて村は東武東上線大山駅直結のハッピーロード商店街の中にあり、291は青山のオサレな街中にひっそりたたずんでいます。
これはいくしかない!!

(sweetfish)


2012年8月24日金曜日

合宿に関して

 文化資源学と同じ人文社会系研究科にある現代文芸論研究室に所属する者です。普段は欧米の戯曲のテクスト分析をしている私ですが、演劇好きが高じて芝居小屋を巡っているうちに劇場そのものについて、そして(特に去年の震災以降)舞台芸術が社会に対してできることはあるのかなどと考えるようになりました。この合宿で疑問が解けたとは思いませんが、文章と向き合うのとはまた違った体験ができました。
 普段アートというと作品(演劇の場合はそれが戯曲であれ舞台であれ)にしか注目しませんが、今回訪れた地域で重視されているのはむしろ完成までの過程でした。たとえば河和田アートキャンプでは制作側の学生と地元の人々をどう繋げていくかが課題でしたし、金沢市民芸術村では名の通り市民が文化の(受け手ではなく)担い手として位置づけられています。もちろんこの過程全てをアートと呼ぶこともできるでしょう。いずれにせよ、作品はどこからともなく現れるのではなく、その裏には必ず人がいる。
 今回は文化施設のみならず、文化によるまちづくりの現場を多く見せていただきましたが、そこにいる人々如何で現場の雰囲気はこうも違うのか、と痛感することもありました。自分が行っていることについて、明確なヴィジョンを持った方の体験談が魅力的だったのは言うまでもありません。様々な名言を聞いた三日間のうち、個人的に一番なのは、最終日に出会った一本杉商店街の北林氏の「一本杉は何もないけれど、人はおる」です。
 ちなみにこれは合宿と直接は関係しないのですが、皆さんの研究発表に際して、文化資源学とはどんな学問なのか常に自問している(というより各自の研究において後々「伝統」と呼べそうなものを作っていく)姿勢が印象に残りました。というのも「専門が皆バラバラ」は現代文芸論にも共通する事態であり、自分たちは何のために集っているのか一見分かりにくいこともしばしばです。皆を繋ぐ大まかな枠が「文化」か「文学」かという点では違うけれども、二つの研究室の雰囲気は似ていました。こういう場所に身を置くのが好きな性分なのかもしれません。
 他の人の話を聞くのが好きな人間にとって、この三日間は楽しいものでした(酷暑には参ったけれども)。最後に、参加を許可してくださった小林先生、門外漢の私に対し気さくに接してくださった皆さまにお礼を申し上げます。ありがとうございました。

(N.N)

合宿を終えて


ゼミ合宿全回参加の古株です。修論ゼミが当初の眼目だったこの合宿、激しく移動して合宿地を目いっぱい見学しながらゼミ発表&議論という形がすっかり定着しましたね。新しい環境でさまざまな発見をし、日頃顔を合わせる機会の少ないメンバーとも一緒にディスカッションする。二つの刺激は相乗効果があるように思います。今回も心に残る旅となりました。単なる個人の“よい経験”に終わらせないためには、これからもしつこく考え続けることが必要ですが、考える作業の負荷は意外に大きくて、それに耐える訓練あるいは楽しむ習慣が身についていないと放り出してしまいそうになります。集団のなかでさまざまなテーマに思いを巡らせ、的確な言葉とタイミングでアウトプットする大切さをいやでも意識させられた三日間(+オプション)は、その意味で「強化合宿」でもありました。(自らの力不足への後悔をこめて書いています。)年齢も学部の専攻も職業経験もさまざまな仲間がいるとは、稀有な貴重なことだとあらためて思います。

 合宿の魅力は、見知らぬまちの“内部”につながる機会が組み込まれていることでもあります。お会いした方々はひじょうに明晰に、歴史や地域の文脈を含めてご自分たちの活動を語ってくださいました。そのために必要な綿密な事前準備をしてくださった幹事学年の皆さんと、故郷を開いてくださったおふたりにとても感謝しています。ありがとうございました。「こんな方がいらっしゃるんだ!」と連日感激するなんて、これもまた普通の経験ではありません。
金沢で“city fathers”という言葉を聞きましたが、どの訪問地でも市民の共同体としてのまち(=city)の未来を、大きな家族の将来のように考えて行動している人たちにお会いできました。現実具体的な人の集合体である地域が課題として眼前にあるとき、NPO、行政、経済界、町会などさまざまな立場から他の立場へ働き掛けるのは自然なことなのかも知れません。それがうまくいく理由のひとつは、向かい合う人を逸らさない魅力だな・・・とcity fathers and mothersのお話を聞きながら思うことしばしばでした。

 外部との接触が方向性を定める契機になったことも共通していました。豪雨後のボランティア受け入れが発端となった河和田アートキャンプ。美術批評家の参加が理念をつくった金津創作の森。全国的な戦後復興の流れとの差異化によって自らの特徴と力を見極めた金沢。俳優との出会いが出発点の能登演劇堂。町家再発見から動き始めた一本杉通り。・・・9年前に一本杉を訪れた方の名は、そういえば去年は石見でもお聞きしました。まちの”中”で活動する人も、”外”からその力を見定めて応援する人も両方重要だと思います。

 今とりくんでいる都市文化政策や文化施設の研究によって、存在している価値を見出し、社会の中で必要としている人に向けてきちんと表現できる「目利き」になれるだろうか?――― と合宿の最後に自問しました。文化資源学の課題のようでもあります。なにしろ「70歳以下は若手」と聞いたばかりでしたから、少し難しい課題を自分にこれから課してみてもよいだろう、と思いながら虹の見える一本杉通りを歩きました。

合宿の訪問を受け入れてくださった皆さまには、心より御礼を申し上げます。

(ykn)


とり野菜みそ(合宿:番外編)

いきなり番外編で申し訳ないのですが、合宿が解散した後に食べて、なんだかおいしかった「とり野菜みそ」について、書きます。

今回の合宿で実はおいしいと思ったのはメインのところではなくて(カレーは珍しい味でしたね)、オプションの大野で飲んだ地元のお酒4種(後でフォローしてほしいなぁ)と、解散後に食べた七尾の「とり野菜鍋」でした。(メインしか参加しなかった皆さん、ごめんなさいね)。

もともと肉食系ということもあり、北陸のおいしいお魚を日々堪能しつつもお肉系が食べたいと思っていました。そういうわけで能登出身の(竹)に、何が食べたいですかと問われて、「肉系」かなぁということで連れて行ってもらったのが、七尾駅から徒歩10分の「のとや」(夕方とはいえ、炎天下、荷物をごろごろしていたので、実質15分くらい歩いた感じでしたが)。最後までの残っていたのは、(竹)以外4人。なんてことはない、味噌汁に白菜と能登鳥を入れただけのものなのですが、味噌仕立てだから洗練されているという感じではないのだけれど、なんだか優しく、ほっとするようなお味でおいしい。鳥もまちがいなく、身が引き締まっていてぷりぷりしているのであっという間に食してしまいました(それゆえ画像なし)。追加で鳥と豚を注文しましたが、やはり鳥の方が合っている感じがしましたね。ラーメンで最後を締めました。お店に入ったときはまだ時間も早くて私たち以外に一組だったのですが、1時間もすると(1時間であっという間に完食してしまった)お店は家族づれでいっぱいになっていました。愛されていますね。

(竹)は東京で出てきて、この「とり野菜みそ」が売られていないということで、愕然とした経験を語っていました。それから私は学生たちと分かれて、一人和倉温泉に宿を取り、ほっと一息。たしかにその温泉のお土産コーナーにもひっそりと「とり野菜みそ」が1袋300円で売っていて、3つ購入して帰ったわけです。

さて、合宿の疲れもまったく癒えないけれど、日常は日常。昨日、大学からの帰りに夕食の支度のために地元の三浦屋にスイカを買うために立ち寄りました。三浦屋さんは、高級食材や地域のこだわりの品を集めているスーパーです。ちょっとお高いのですが、それでもこれというものを求めているときは、出かけます。ついいろいろと買ってしまうので、行くのを控えています。この日は、スイカだったのですが、ひとしきり偵察を兼ねて一回りすると、なんと、ざるの上に、「とり野菜みそ」を売り出しているのです。1袋273円で、それも七尾で売っているものとは異なるバージョンも置いてある。それは残り一つしかない。なんと言えばいいのでしょうか。旅先で出会ったかっこいい子が、地元に戻るとそうでもなかったかなと思ったりするところなのに、なんかもっとかっこよくなって訪ねてきてくれた、みたいな(あんまりいい表現ではないけれど)意外な突然の登場に嬉しくなってしました。

ドイツのビールもそうなのですが、地元の人が喜んで食べているものが一番おいしいですね。

↓画像が粗いですが、左が七尾で買ったもの、右が地元で買ったもの。
(M.K)



2012年8月23日木曜日

合宿徒然

今年もハードな合宿が終わりました。いつからこんなにハードになったのかと思いますが、いつも終わるたびに、来年は静かに落ち着いて修論をみっちり議論するだけの合宿にしたいなと思ったりします(何しろ終わったら終わったで疲れて寝込む)。ただ、やはりいろいろなところを見ておきたいという欲張りな気持ちがむくむくと沸き上がってくるので、しょうがないですね。

今年も、M1の人が本当によく準備をしてくれて、思いがけなくいろいろなところ回ることができました。本当にありがとう。最後のお小言は、次にこんなことを企画するときに心がけておいてくれると、もっとうまくできますよということです。毎年思いがけずうまくいったり、いかなかったりということがありますが、合宿が上手に運営できることが最終目標ではありません。基本は学生間、学生と教員間の信頼関係の構築です。人文社会系の研究は、ほとんどが一人で行うものですが、本当に一人だけの力でできることというのは限られています。共通の考え方の基盤や方法論をもって、どれだけ公正に議論ができるかということで、論理矛盾に気づいたり、研究が思いがけなく進展したりします。さしずめ文化資源学の学生は、「文化」に某かに興味を持っているということについては、間違えなく共通だといえるでしょう。合宿は、そのようなことを確認したり、関係を築いていったり、学んでいく上ではうってつけの場ということだということです。でもM1の人は合宿運営で忙しく、先輩たちや教員と話す余裕がないですね。そうであるからこそ、先輩の方から積極的に声をかけてあげてほしいなと思っているということです。

さて、基本的に、合宿に行くと、やはり人と、食、とお酒、かなと思います。食もお酒も語りたいですが、今回も大勢の方とお目にかかれて、短い間ながらも様々なことを伺えた上に、いろいろなことを考えました。総括するつもりはありませんが、やはり民の力かなっと。行政の側ではなくて、民間の側が、自分たちの地域や文化をこうしたい、と思って行動するか否かということにかかっているということを改めて実感させられました。それが成功しても、しなくても、そうやって行動をしている人たちは生き生きとしていて、巻き込まれていく感じがしました。河和田アートキャンプの関係で集まってくださった皆さんも、福光酒造の福光社長も、そして一本杉通りの町会長の北林さんも、行政を頼ろうとしているわけでもなく、だからといって馬鹿にしているでもなく、対等のパートナーとして関係を構築しようとしている姿がみえました。むしろそれらを、行政側が行政の得意な方法でどのようにサポートできるのか、あるいは変われるのかというところなのだと思いますが、これができていないところというのが多いのではないでしょうか。言葉尻の市民参加や民営化ではできないことですね。

私が金沢市の職員の方のご説明で感心したのは、学生の質問で、長い間行われている文学賞が開催されるに至った経緯を尋ねたときです。自分が担当の時ではなかったにも関わらず、「〜と聞いている」と裏話的なことも明確に応えられたことです。行政は人が代わっても継続性を担保するということになっていますが、なぜか文化の領域は人に依存している事例が多く見られ、行政の基本原則が通用していないところがあります。それが良く働くこともあるのですが、悪く働く方が多いように思います。金沢市の職員の方の受け答えに、金沢市の文化行政の優れているところと職員の方の優秀さをみました。



↑幻想的な福井県大野市の寺町周辺(2012.816)


(M.K)

個人的合宿名言集

能登ッコ(竹)です。今年の合宿の感想をアップさせていただきます。合宿の内容は前回の記事をご参照ください。
今回自分の出身地が合宿の対象になったということで、普段大学で会っている人々と地元を歩いてなんだか不思議な気持ちになる体験でした。どうしても、私の地元をまわった最終日が印象に残っています。

今回の合宿は名言が多かったです。そういうわけで、各日名言をひとつ取り上げてそれに関して思ったことを書いていき、感想にかえさせていただきます。

●8/16◎大野◎「これから踊りに行きます」
休館日に来たわたしたちのために博物館を開けてくれ、大野のまちをスーツで詳しく案内しまくってくださった学芸員さんは、さぞ疲れているであろうに、当日夜の祭りに踊りに行くと言い、着替えに帰っていかれました。地元意識のなせる業ですホントに。

●8/17◎河和田アートキャンプ◎「また来てね」
「合宿でもなければ一生来ないようなところをまわってるね」。失礼ながら、そう言い合って合宿をしていた一行。出発のときに「また来てね」と言われ、嬉しかったと同時に、「しかし自分はまたここに来るだろうか」とも思いました。いいところなので来たいとは思ったのですが、決してアクセスの良いとはいえない当地に来られるのだろうか。そう思うと少し胸が痛むような心地がしました。これは、帰省から東京に戻るときに、家族に対して何も楽しげなことができなくて後悔しながら電車に乗る感覚と似ています。
※ちなみに、「いいところだね」という表現は、「ここに住んでも良い」「ここにまた来るよ」などという気持ちと必ずしもイコールではない。自分自身も地元に使ったりすることがあることばだが、あまり軽々しく使うことばでもないのかも、と思ったり。

●8/18◎21世紀美術館◎「美術館はメディエーターである」
「美術館は人々、地域を結ぶメディエーター(媒介)である。それと同時に、学芸員も専門領域を横断して協働する存在であるべき。」という意図のことばでした。展示や普及などに分かれて仕事をしていると同時にそのような考え方をしているのは少し意外でした。考えてみると当たり前のことなのですが、専門分化が進みつつある日本の美術館業界で意識的にそのような考え方をもっているのは一歩進んでいると思いました。ちょうど他の美術館で、学芸員は専門分化しているよりも、全ての仕事ができるようにした方が良いという話を聞いたところでした。そう考えると、日本の「雑芸員」と自虐的に称される就業形態も、(人が足りなくて必然的に兼務+激務などという状況に陥らなければ)評価できる要素があるものなのかも。

●8/19◎一本杉通り◎「観光地をつくりたいのではなくて、まちづくりをしたい」
個人的に今回の合宿のハイライト的な名言だと思うのですが、いかがですかね。
やはり、地方は若者が帰ってこないということで、プロジェクトと定住・交流人口増の目標をドッキングさせているものが多かったように思いました。一本杉もご多分に漏れず。この目標って無意識的にかどうか、観光政策を一体化していることが多いような気がしますが、本来全く違うものです。一本杉の取り組みを間近で見て、そう実感しました。
本当は、帰ってきたいと思っている若者はたくさんいるのです。しかし、一度都市に出てモノの豊富さを知ってしまうと、「何もない」田舎には戻れなくなります。第一、仕事がありません。しかし、地元においてモノが豊富になれば良いというものではなく、むしろモノが豊富になってしまうとそれは自分の好きな地元とは別のものになってしまいます。ジレンマです。
ですが、実は都市よりは少ないけれども頑張っている文化施設やまちはあるのです。それを積極的に発信していくことは七尾全体として大きな課題だなと、この日感じました。知らずに育ってしまうと「うちの田舎はなんもないからねぇ」となってしまうので。
ともかくも、そのような意味で、地方になればなるほどシゴトは多いし、一回外に出て地元を相対化して見られるようになるという財産を持って帰ってくる若者がそういうシゴトをするのはとても大きな価値がありますね。まだ帰らない自分も、いつか地元に何らかの恩返しをしなければ。


以上です。文章を長くしないために↑の形式をとってみたという面もあるのですが、結局長くなってしまいました。すみません。
最後に、旅のお世話をしてくれた修士1年のみなさま、ありがとうございました。2年生がもっとサポートできればよかったなと反省しております。しかし知らない土地での食事のセレクトが完璧で、毎日魚を食べられて幸せな日々を過ごさせていただきました。いやぁ楽しかったです。みなさんの感想も聞いてみたいですね。
お疲れ様でした。

(竹)

2012年8月21日火曜日

ゼミ合宿に行ってきました!

小林ゼミの夏の恒例行事(ゼミ生参加必須)、夏合宿に行ってきました!

毎年小林ゼミでは、
各地の文化政策の現場を実際に訪れて見聞を深める
&主に修士2年生の修士論文を中心とした研究発表・指導を行う
(&入学したての修士1年が幹事を担うことで企画運営力を鍛える?!)
という目的で、ゼミ合宿を実施しています。

これまでは、
横浜、草津、北海道、四国横断、富山、韓国(初海外)、鳥取島根と各地を訪問し、
今回は北陸・福井&石川をコア日程2泊3日で巡りました。

ご多忙な中、貴重なお話を聞かせて下さった関係者の皆様に、
心から御礼申し上げます。ありがとうございました。


日程と主な訪問先はこちらです↓

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8月16日(木)※オプショナルツアー
・福井県立音楽堂ハーモニーホールふくい
・福井市美術館
・大野市探索
大野市歴史博物館、平成大野屋、結ステーション、亀山(大野城)、「学びの里 めいりん」、夏祭り

8月17日(金)
・河和田アートキャンプ
・金津創作の森
・研究発表(40分×4名)
・懇親会

8月18日(土)
・研究発表(40分×4名)
・石川県立歴史博物館(見学のみ)
・コース別行動
 「アートコース」:金沢21世紀美術館、CAAK
 「能楽コース」:藩老本多蔵品館、石川県立能楽堂、中村神社拝殿
・金沢市民芸術村(含関係者インタビュー)
・懇親会

8月19日(日)
・能登演劇堂
・研究発表(40分×3名)
・七尾・一本杉通り
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個々の訪問先の記事はおいおいアップされていくと思いますのでお楽しみに!

mihousagi_n
(↑待ちきれないという方は同上twitterアカウントものぞいてみてくださいね。
ちょこっとですが、帰りの電車の中からまとめてつぶやいております。)

2012年8月13日月曜日

高松合宿と直島(2)


前回の直島レポートの続きです。

宿泊者専用のため自転車では行けないと言われ、折角借りた自転車を地中美術館に置いたまま、一行は(私の猛烈プッシュにより)李禹煥美術館へ。

美術館概要
現在ヨーロッパを中心に活動している国際的評価の高いアーティスト・李禹煥と建築家・安藤忠雄のコラボレーションによる美術館。半地下構造となる安藤忠雄設計の建物のなかには、李禹煥の70年代から現在に到るまでの絵画・彫刻が展示されており、安藤忠雄の建築と響きあい、空間に静謐さとダイナミズムを感じさせる。
海と山に囲まれた谷間にひそりと位置するこの美術館は、自然と建物と作品とが呼応しながら、モノに溢れる社会の中で我々の原点を見つめ静かに思索する時間を与えてくれる。
(以上、ベネッセアートサイト直島HPを参照 http://www.benesse-artsite.jp/lee-ufan/index.html)

広々とした屋外展示を眺めていると、掃除をしていた男性が作品の解説を始めてくれました。この方、東京から直島へ移り住み、アルバイトとして午前中に庭の手入れをしながら訪れる人にお話をしているそうです。
「この作品が大好き、見てくれる人も作品との対話で何かを感じ取ってくれたら嬉しい」と仰っていたのが非常に印象的でした。
私はこの直島の一連のプロジェクトについて「巨大資本の投下」という印象を持っていたので、この様に地元の方にも受け入れられている様子はある意味意外でした。
李禹煥美術館は非常に緊張感があり静かで美しい作品が並んでいて、見応え充分です。
こちらのスタッフはグレーの上下で精神病棟感は薄れていましたが、建物自体は半地中で作品の神秘性が際立っています。

続いて、ベネッセハウスミュージアムへ「バスで」移動。

ベネッセハウスミュージアムとは
「自然・建築・アートの共生」をコンセプトに、美術館とホテルが一体となった施設として1992年に開館。「ミュージアム」、「オーバル」(1995年)、「パーク」「ビーチ」(いずれも2006年)の4棟からなり、全て安藤忠雄の設計による。
美術館部分にあたる「ミュージアム」は外に向かって大きく開かれた構造をもち、室内にいても常に外部の自然を感じることができる。館内には収蔵作品に加え、アーティストたちがその場所のために制作したサイトスペシフィック・ワークが恒久設置されている。アーティストたちは自ら場所を選び、作品を制作。作品は展示スペースにとどまらず、館内のいたるところに設置され、施設をとりまく海岸線や林の中にも点在している。 館内を鑑賞するだけでなく、瀬戸内の豊かな自然があふれる周辺を散策しながら思わぬ作品に出会うこともこの施設の楽しみ方の一つである。
(以上、ベネッセアートサイトHPを参照 http://www.benesse-artsite.jp/benessehouse-museum/index.html)

こちらは所蔵作品やその展示方法から、より「美術館」という感覚が強い施設だと思いました。とは言え非常に開かれた印象があり、明るい造りである事も印象的です。
現代美術好きなら楽しいコレクションの数々ですが、宿泊者でないと鑑賞出来ない作品もありますのでご注意を。

「直島=かぼちゃ」というイメージが強いかと思いますが、かぼちゃを置いている訳ではないハウスミュージアムのショップでもかぼちゃグッズがこれでもかと売られています。
ミュージアムより更に先に進むと、コテージが並び作品が点在しています。
潮の香りを感じながら浜辺を進むとその先に、黄色のかぼちゃがぽつんと置かれており、その向こうにはビーチが広がっています。
リゾートとしての直島のブランディングを感じさせます。
宿泊者専用ゾーンの出入りを管理している地元のおじ様方が、頼んでもいないのに「手乗りかぼちゃ」の写真作成を手伝ってくれます。
バスで自転車のある地中美術館へ。
私は帰りの飛行機の時間があったので、家プロジェクトを見る事が出来ず泣く泣く帰路へつく事に。
残りの二人は自転車で家を巡る事になったので、自転車を託したものの、地中美術館から港へは直行バスが無い!
困っていると、地中美術館から戻る途中であったスタッフの方が車に乗せて下さるとの事。
有り難い申し出に乗っかり、地元出身の男性が運転する軽トラにスタッフの女性と私で乗り込みました。
道中、一連の直島プロジェクトについて少しお話を伺う事が出来ました。
スタッフの女性は「いい点もあるし、悪い点もある。それでも、私達は地元の皆さんもいらして下さる皆さんも、全ての人がもっとこのプロジェクトを愛して下さり、長い間続く様に努力している」と仰っていました。
いい点としては、「地元のお年寄りの方々がこれをやってみよう、あれをやってみよう、と積極的に案を出し活動しているので、家に引きこもる人が減った」という事。
悪い点としては、「リゾートであるため、はめを外してしまう外来者がいて、うるさいなどの問題がある」との事。「はめを外すのは良いが、それにもやり方や限度がある」と仰っていました。

ご好意で乗せて頂いた軽トラにて港に到着した後、フェリーまで少し時間があったので、直島銭湯「I♥湯」を見に行きました。

I♥湯とは
アーティスト・大竹伸朗が手がける実際に入浴できる美術施設。直島島民の活力源として、また国内外から訪れるお客様と直島島民との交流の場としてつくられたこの銭湯は、クリエイティブ集団grafの設計協力を得て、外観・内装はもちろん、浴槽、風呂絵、モザイク画、トイレの陶器にいたるまで大竹伸朗の世界が反映されている。また地域との協働として、施設の運営はNPO法人直島町観光協会、宮ノ浦自治会が行っている。
(以上、ベネッセアートサイト直島HPを参照 http://www.benesse-artsite.jp/naoshimasento/index.html)

港から一歩進むとそこには民家や民宿が建ち並んでいます。
地中美術館へ自転車で向かった時には「この島は裕福なんだな」と思わせる立派な造りの家屋が並んでいましたが、こちらは一転、非常に古い木造建築が所狭しと並んでいます。
銭湯へ向かう道の途中に、地元のおじいさんとおばあさん方が涼んで(飲んで)いらっしゃったので、声をかけてみました。
お話によると、夏は非常に混むとの事。とりわけ来年は瀬戸内芸術祭があるので、その時は本当に大変だそうです。
温泉を見に行くのだと言うと、「一人なの?一緒に行こうか?」と言って茶目っ気を発揮して下さったおじいさま方。
総じて、お話しさせて頂いたご高齢の方々は皆さん元気な印象がありました。

温泉自体は、中に入っていないので外観を眺めるだけでしたが、古い木造建築の中で一つだけ異質な空気を漂わせていました。周りには観光客がいて、地元の人も入りに来るって本当なのかなあと言う感じでした。
そこから更に奥に進むと、本当に静か。
ひびのはいった窓、洗濯物のかかる軒先・・・これが元々の島の姿なのではと感じます。

まだ少し時間があったので、実は気になっていた007記念館なるものを見に行きました。
007のシリーズの中で直島を舞台に扱ったものがあるそうで、その記念館です。
行ってみると、記念館と言うよりお化け屋敷のような寂れた感じ。手作り感満載です。
おそるおそる中に入ると、ストーリー紹介やビデオ上映、またその際のグッズや地元の学生の創作物等が薄暗く蒸し暑い部屋に陳列してあります。
ビデオ鑑賞をしている男性がいてびっくりしました。
新しいボンドがこちらにも来たそうで、サインとそのときの新聞の切り抜きが誇らしげに飾ってありました。

そろそろフェリーの時間と言う事で、港に戻りました。
ちなみに、こちらの総合案内所では地元の方も働いていますが、大半は外から派遣されている方らしく、話を聞こうと思っても「自分は外の人間なので分からない」という答えが返ってくることが多かったです。

以上、直島レポートでした。
次回機会があれば、瀬戸内の時に他の島も合わせてじっくり見てみたいと思います。
(M.O)

2012年8月12日日曜日

高松合宿と直島(1)


合宿も迫って参りましたが、皆様いかがお過ごしですか。

まだNYの投稿も途中ですが、今回は8月3-5日に香川県にて開催された木下ゼミ合宿について書きたいと思います。
と言っても、メインプラン及びオプションの丸亀城は他の参加者にお任せするとして、私は高松市美術館と直島について2回にわたりレポートしたいと思います。

【高松市美術館】
3日に行われた懇親会に高松市美学芸員の毛利さんとアーティストの山本さんがいらっしゃり、展覧会のご紹介を頂いたので翌日に行ってきました。なんと8月4日は美術館の開館記念日で入館無料。企画展「Takamatsu Contemporary Art Annual vol. 02 Gifts and Exchange」と常設展「旅のはざまでー私はここにいますー」を鑑賞しました。

企画展の概要は以下の通りです。
企画展「Takamatsu Contemporary Art Annual」は、新進気鋭の作家を発掘・紹介する年に一度の現代美術のグループ展で、パイロット展としての「vol. 00」、瀬戸内国際芸術祭2010の連携企画としての「vol. 01」に引き続き「vol. 02」が開催されている
今回のテーマ「贈り物と交換」は、昨年の3.11を経て芸術とコミュニケーションの開かれた可能性を探るキーワードとして設定された。市場原理主義とは違うものとして、混迷した社会の中で芸術が果たす役割を「パーソナルな贈り物(獲得ではなく贈る)とその交換(時代や場所を超えて)によって成り立つコミュニケーション」として捉えている。
作家:平野薫、山本高之、和泉希洋志、GABOMI、八木良太
(以上、高松市美HPを参照 http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kyouiku/bunkabu/bijyutu/ex_special/s243.html)

作品自体は実際にご覧頂くとして、本来使わないであろう場所(休憩室1などというプレートが掛かっている小部屋、あるいは通路)まで余す所無く利用し、見せる工夫をされている事が印象深かったです。

常設展の概要は以下の通りです。
いつの時代も国境をまたぐ美術家たちは後を絶たず、未知なる世界に自ら身を置き制作に挑んでいる。今回の展示では、近年収蔵品に加えられた作品の中から、海外に拠点を置き挑戦している12名の作家にスポットを当てた。出展作家に共通するのは、物理的に境界線を移動し、思考や視点を少しずつ移行あるいはずらしてみていることである。
こちらの常設展は、イケムラレイコ、奈良美智、O JUN、志賀理江子、大岩オスカール、照屋勇賢らの作品が展示されていました。
一方隣の展示室では、こちらも常設展として讃岐漆芸作品が展示されていました。


【直島:地中美術館
3日目はオプショナルツアーの丸亀城ではなく、直島に行きました。
当初直島から倉敷という強行スケジュールを組んでいたのですが、ほぼ全員の方々から「それ無理、大原美術館はいなくならないんだし直島だけにした方が良い」という極めて建設的な御意見を頂き、直島だけに決めました。

朝一番のフェリーに乗りゆるゆると直島へ。
作品と言うよりもはや公園の遊具に近い赤いかぼちゃがある港には、ガラス張りの総合案内所があり、その奥には民家と自然が広がっています。
移動手段として自転車を選択した私ともう1名は、最初は心地好い風に吹かれ、途中からはひいひい言いながらアップダウンを越えて地中美術館(の発券所兼待合室)へ到着。

地中美術館とは
「自然と人間を考える場所」として2004年に設立。直島の南側に位置し、館内にはクロード・モネ、ジェームズ・タレル、ウォルター・デ・マリアの作品が安藤忠雄設計の建物に恒久設置されている。アーティストと建築家とが互いに構想をぶつけ合い作り上げたこの美術館は、建物全体が巨大なサイトスペシフィック・ワークといえる。直島の美しい景観を損なわないよう建物の大半が地下に埋設されたこの美術館は、地下でありながら自然光が降り注ぎ、一日を通して、また四季を通して作品や空間の表情が刻々と変わる。
(以上、ベネッセアートサイト直島HPを参照 http://www.benesse-artsite.jp/chichu/index.html)

そこにもまたガラス張りの待合室で、中には人が沢山。「美術館に入館するための説明を受けるために待つ」というちょっと不思議な体験をしました。
もう1人が合流し3人組となった私達は、白衣(?)を着たスタッフから地中美術館の概要と注意事項を聞き、券を購入(学割もなく高いです)、歩いて5分の美術館入り口へ。
そこでも入場コントロールを経て、いよいよ中へ。
安藤忠雄建築の特徴である硬質でストイックな建物とそこへの光の取り方を鑑賞しながら回廊を回って、Walter de Mariaの作品へ。
そこにも係の方がいて、「静けさも作品の一部なので静かにして下さい、また金の棒にはお手を触れぬ様」という注意を受けました。
薄暗い館内で全身真っ白、黒髪ポニーテールのスタッフに何度も注意を受けている様子は、さながら精神病棟にいる様です。あたかも自分が精神病患者になり管理されている様な気分にさえなります。
展示室内に入ると一転、上にぽっかり開いた天窓から差し込む光が眩しく、黄金の木彫が配された室内はまるで祭壇の様。その中に異質な玉がぽかり。
館内にはキャプション等一切無いので、果敢に「病棟」監視員の方に話しかけにいくと、意外と気さくに作品概要や建物との兼ね合い、また作品に対する個人的感想まで話して下さりました。

NYのPS1で悪天候のため見れなかったJames Turrellの作品は3点。とりわけOpen Fieldは光と空間の知覚に驚きと興奮と感嘆をもたらすものでした。
私達3人のうちの1人が、事前に「奥へは行かないで」と言われていたにもかかわらず思わず作品奥へ駆け出し、強烈な警告ブザーがなるというハプニング。しかしこの挑戦を通じて、壁に見えている向こう側は実は壁ではないという事実が発覚し、思わず目を皿の様にして眺めてしまいました。

そして最後に皆大好き(?)Claude Monetです。
この「精神病棟」でMonetの作品がどの様に展示されるのか期待と不安半分半分な思いでいましたが、薄暗い前室を抜けて広がる、本家オランジュリーの展示にインスパイアされたという配置は意外と無難。とは言え真っ白な壁に最小限の白い枠とガラス板でフレーミングされた「睡蓮」は、やはり印象が大分違います。
この部屋の設計では(Monetとはさすがに話し合いの末設計というわけには行かないですが)、自然光とは思えない程室内に大量の光が取り込まれており、不思議と作品が出来た当時の光に思いを馳せてしまいます。
また、床は細かな大理石が小さくサイコロ状にカットされ一つ一つ埋め込まれており、印象派表現の科学的な側面を表している様です。この大理石には補色となるオレンジも所々組み込まれ、真っ白で張りつめた空間に少しのゆとりをもたらしてくれます。
ジヴェルニーの風景を模した小道が美術館入り口前にありますが、この敷き詰められた大理石も小川の砂利を想起させます。

ここで、この病棟の組織図が気になり始めた私達は、スタッフの方を直撃。
ここで働かれている方々は、公益財団法人直島福武美術館財団から島へ派遣されている従業員の方々で、学芸員資格を持つ方もいれば持たない方もいるとの事。
全て恒久展示のためいわゆる「学芸員」は必要なく、ここで働く人たちは館内の案内をしたり、所蔵作品やそれに関連のある研究をしたりしているそうです。

続く。
(M.O)

2012年8月3日金曜日

2012年6月 バーゼルアートフェア、ドクメンタ13とドイツ各地の訪問記 3

6月14日から21日まで1週間、世界最大のアートフェアが行われているスイスのバーゼル、世界で最も有名な現代美術の展覧会の一つであるドクメンタが行われているドイツのカッセルなど、6都市を周りました。

視覚美術を中心に見てきたこの旅を何回かにわけて、文化経営的な視点からの話を織り交ぜつつ、日記風に振り返っていきたいと思います。(TS)

第3回目は、初日・バーゼルでお昼を食べた後向かった、バーゼルアートフェア(Art|Basel)の会場です。(リンク先のサイトは既に来年の予告に更新されています)




メイン会場の手前に、SCHAULAGER(前回紹介したEmanuel Hoffman Foundationの倉庫とビューイングルームを兼ねたスペース)の改装にともなう、一時的なサテライト施設があります。一時的なサテライトといってもそこはバーゼル。素材や工法が仮設なだけで、実際はメイン会場のファサードを占拠して新たな現代建築が建っているという風情です。
ここでユニークなのは、並んでいる水槽のような箱の中に1つずつ、過去の展示の際に出た廃材や端材、小さな作品などを混ぜてミニ・ジオラマのようなインスタレーションをしていることです。つまり過去に開催した展覧会のアーカイブをこうした形で見せているのです。同行者は、その中で以前観た展覧会を発見して大いに楽しんでいました。
改装に伴って閉館しているにも関わらず、こうしてミュージアムの業績とそのコレクションを見た目にも楽しく展示することでプレゼンスを保っているということに感心しました。ついでに言えば、この場所の下の階段状のスペースはビジター向けの無料休憩所も兼ねており、映像の上映を行っていますが、無料のWi-Fiスポットとしても使えるようにもなっていました。

バーゼルアートフェアのメイン会場自体も増築中でした。おかげで前の道路は車もろくに通れず、歩道も狭く、路面電車もはみ出た人を轢かないようにゆっくりしか通れない有様でした。が、来年予定通り改装が完成すれば、また快適になるでしょう。
ちなみにこの増築を手がけるヘルツォーク・デ・ムーロンの2人もバーゼル出身で、1978年以来ずっと事務所もバーゼルです)。
建設現場のウェブカメラはこちら。 静止画ですが雰囲気が伝わると思います。おそらく完成後は、最近の大規模建築で流行の「建築工事早回し映像」なども見られるのでしょう。(と思ったら、途中で既に公開されてました。 )

1954年にチューリヒの建築教授Hans Hoffmannの設計で建てられたメイン会場「ホール2」は古びてはいますが(2008年より、歴史的建造物のリストに入っています)、近年インフラ周りの改装が進んでいます。中に入ってみると実際のサイズよりも広く感じる、一辺145メーターの正方形の3階建てで、中央部に直径44メートルの円筒形の吹き抜けがある形をしています。トータルの床面積は44000平米。アートフェア東京よりかなり広いのですが、天井高も高すぎず、自然光が使える場所も結構あるため、小さめの作品の展示はしやすそうでした。

会期の前半分ほどは招待者しか入場できません。一般会期中でも招待者には様々な優遇があり、チケットに並ぶ必要がないだけではなく、最上階のラウンジや送迎の車なども使えるようでした。

さて、いよいよ中に入ります。行ったのは一般入場日の初日でしたが、日本のアートフェアと同じく、良さそうだなと思う作品で小さめの物はよく売れているようでした。当たり前ですが、様々な形態の作品があります。映像・動画は事前に予想していたよりも少なかったのですが(後でわかるのですが、そうしたプロジェクトはメイン会場ではなくArt Unlimitedの方に多くありました)、彫刻やインスタレーションが数多くありました。
写真を扱うギャラリーも多いのですが、写真については絵画や版画以上に素人で、文脈がわからず、難しい印象があります。個人的には1点物の作品を自分が持つというのはあまり魅力を感じないので、版画や鋳物のような複製物の方が欲しいタイプなのですが、写真については勉強不足で、現実を切り取るメディア、あるいはせいぜい自己言及メディアとしての写真、といった見方くらいしか身についていないことに気づき、写真史を勉強する必要を感じました。
そうした中で、ギャラリーの出入り口で裸の男女が向き合っている、マリーナ・アブラモビッチの作品は全く説明がなくても異彩を放っていました。通り過ぎるとき左右から体温がほわっと自分に浴びせられて、珍しい体験をしました。

バーゼルに行きたかった理由の一つが、日本のギャラリーや日本の作家がどのような相対的ポジションにいるのかを肌で感じたいということでした。その意味では収穫がありました。私が行った時だけかもしれませんが、日本のギャラリーはおおむね閑古鳥が鳴いていました。村上隆氏も吹き抜け部分を使ってやや大きい作品を出していましたが、あまり賑わっているとは言いがたい状態でした。
日本のギャラリーのいくつかは、作品の印象も薄ぼんやりしており、奥に行くほど深い霧がかかっているかのように感じました。そこに神秘を見いだせればもう少し楽しく見えるかもしれないのですが、あまり魅力を感じなかったというのが正直な気持ちです。一方で、全体として客にアジア人が多いことを予想していましたが、思ったよりはずっと少ない印象でした。

メイン会場(ホール2)内には何カ所かカフェやレストランもあり、また世界中の美術雑誌のブースもあります。それらもアートフェア東京などでも見慣れていましたが、やはりスケールは違います。
見て回るだけで少しぐったりしてしまいました。ゆえあってVIPラウンジにも入ったのですが、そちらも席はほぼいっぱいで、休めたのは中庭周りのベンチだけ。そうこうしているうちに、かなり「アート作品とその展示」というものに食傷してきました。そこで、一休みして2階の渡り廊下で道路をまたぎ、隣のArt Unlimitedに行きました。こちらは、大型化する一方の現代美術作品や映像上映、壁画、パフォーマンス等に対応するために2000年より開始された大型展示で、 1万7千平米の巨大な空間を使ってこれらのプロジェクトを実現しています。今年は60のプロジェクトが行われているということでした。空間の巨大さたるや、以前の六本木アートナイトで搭乗した「ジャイアント・トラやん」が仮に40体くらいいても、余裕で並べて火を吹けるのではないかなどと妄想できるほどです。非常に天井高があって、渡り廊下部分以外はほぼ平屋の巨大な倉庫的なホールです。

こうした巨大な空間に仮設のブースをたくさん作って作品を展示しているのを見たのは、たぶん自分は2005年に山下埠頭で行われた横浜トリエンナーレ2005以来ではないかと思いますが、会場内ではまったく2005年のことは頭に浮かんできませんでした。つまり物理的な空間としては少し似ているけど、場としての印象は全く違いました。こちらが慣れていない、あるいは気に入った作品がなかったと言うことに尽きるかもしれませんが、あまり作品そのものを見る雰囲気ではなく、また一見して売買の対象物にはならなそうなものでもあり、何か、「着飾ったお金持ちたちが貸し切りにしたサーカス小屋に繰り出してきている」といった感じの違和感を孕んでいました(サーカスというとますます横浜トリエンナーレ2005のテーマと繋がってきそうですが、繰り返しますが全く違った雰囲気でした)。

Unlimited会場内にはアートブックショップとグッズショップがありましたが、驚いたことにグッズショップの取り扱う商品の半数以上、面積で言えば8割近く(印象ですが)が日本のデザイン系グッズブランドでした。アートに疲れた目にそれらのグッズが魅力的に輝いて見えるのは日本人だけではないようで、なかなか売れているようでした。

その後また会場内を一回りして、屋外の無料プロジェクトに向かいました。続きます。

Exploring Contemporary Art in NY (1)


皆様おはようございます。
今回、オークションハウスが提供しているサマースタディーに参加しながら、NYの文化施設やギャラリーなど現代美術の今に触れる旅を一週間にて敢行し、無事に帰国しました。
忘れないうちに共有ならびに備忘録として感じた事を複数回に渡り書き留めたいと思います。
【初日】
NYに到着後、長い入国審査の列をくぐり、乗り合いシャトルバスにてマンハッタン市内へ移動。
移動中の車窓は、私が思い描いていた所謂「アメリカ」的なギラギラした感じというよりは、むしろミラノの大通りから一本外れた所の様な趣で、ハイカルチャーの局所的な集中を予感させます。
この日は、日曜日で天気も良く、セントラルパークへの散歩からメトロポリタン美術館(以下MET)へ行きました。METというと古くからの遺産の集積がある「神殿」的美術館といったイメージを持っていましたが、実際には近年、現代美術のコレクションがかなり充実しており、他の美術館にひけを取らない内容でした。
屋上にはThomas Saracenoの作品があり、開放的な場に映えていました。(日本では十和田の常設に入っている他、メゾンエルメスでも展覧会が行われていますので、ご関心のある方は是非)
19世紀から20世紀の西洋美術コレクションは圧巻で、アメリカが如何に当時フランスでは評価の帰趨が定まらなかった作品群に対し並々ならぬ関心を抱いていたのかという事の一端を肌で感じる事が出来ました。(私が見た場所の中ではここが一番混んでいました)全体を通じて、こうした豊富なコレクションが現代美術の首都移転の際の一つの下地になったのだなと感じました。
と言う訳でかなりお腹いっぱいな美術館ですが、印象に残ったのは、南翼を入った瞬間に広がる明るい広間に配された無数のギリシャ・ロマン美術彫刻群と、その隣に鎮座するエキゾチックなアフリカ・オセアニア美術でした。この二つは、正しく美術館の持つある種の神々しさを象徴していた様な気がします。
二日目である月曜日はアート業界の「定休日」なので、その間を縫って活動しているロング・アイランド・シティーへ行きました。
その様子は次回の投稿で。
今から高松にいってきます!
(M.O)