2013年5月9日木曜日

発掘調査報告書は文化財?

 日本考古学協会は、1947年の登呂遺跡の発掘調査を契機に設立された、考古学における国内最大の学会です。ここでは、登呂遺跡の発掘調査報告書を含め、全国の自治体から寄贈された発掘調査報告書など、約56千冊の蔵書を抱えていますが、これを英国のセインズベリー日本芸術研究所に一括寄贈することをいったん決定しました。ところが、2010年の臨時総会でこの案が否決され、白紙状態となりました。
 
 蔵書は都内の協会事務所で保管されていましたが、手狭になったことから、30年ほど前から千葉県市川市の市川考古博物館や都内の倉庫で保管していました。現在は埼玉県所沢市の倉庫に保管されています。

  市川考古博物館に保管していた当時、利用者は年間数人程度で、倉庫の蔵書は段ボールに入れられたままでした。その上、倉庫の賃借料に年間100万円の費用を要していました。

  このような状況を打開するため、協会では寄贈先を公募したものの、国内の研究機関からの応募は無く、唯一応募したのが、先述のセインズベリー日本芸術研究所でした。
 
 寄贈反対者の主張は、「蔵書は戦後の日本考古学の発展過程を示す文化的財産。海外放出は学問的危機」とし、「コストや保管場所の確保で難しい面もあるが、蔵書の有効活用を考えるべきだ」としています。
 
 文化資源の恩師のひとりがこの渦中にいらっしゃったので、私はこの問題に注視していたのですが、セインズベリーでは、寄贈された報告書をデジタルデータ化して、世界中からアクセス可能にすることを計画していたと記憶しています。
 
 この件は様々な問題を含んでいると思いますが、私が特に注目するのは反対意見の中に報告書自体を文化財と同等と位置付け、それが英国に渡ることを「海外放出」や「海外流出」と表現する言説が存在しているということです。

 報告書自体が書誌学的価値を持つというのであれば、話は別ですが、そもそも報告書の価値はその中身にあります。考古学的価値を問うのであれば、デジタル化などによって、世界中の誰もがアクセスでき、同じスタートラインに立つことが可能であるというのが、学問として最低限の環境整備だと私は考えます。そのうえで、資料の解釈や捉え方について議論すべきでしょう。

 その意味では、国内の機関であれ、海外の機関であれ、報告書を公開できる体制づくりが可能であれば、機関の国籍に囚われる必要はありません。むしろ、海外流出という言葉が飛び交っている時点で、近代的な国民国家という枠組みの中でしか、日本の考古学関係者の一部の方は資料の価値を判断されていないのではと勘ぐってしまいます。

 報告書だけでなく、考古資料にも言えますが、特に自治体にいる埋蔵文化財行政に関わっておられる方の中には、いかに情報を抱え込んでいるかということが、その人の学問的業績とイコールに捉えている方がいらっしゃいます。私(たち)だけが知り得ている情報は、誰もが知りうる情報にならない限り、学問的な価値あるいは地域の文化的価値は生まれないと思うのですが。

こうした閉鎖的な環境が、日本の考古学だけでなく、地域社会と向き合うべき文化財保護行政の発展にあまり良い影響をもたらさないことは確かであると考えます。

(ま)

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