2013年9月5日木曜日

シンガポールで路上観察―落書き厳禁のシンガポールで活躍する"ステッカー・レディ"SKL0

「シンガポールはストリートアーティストにとって理想的な環境。街中がきれいすぎるから作品が目立つでしょ。」

先日南洋工科大学で行われたSKL0の講演会のポスター。
黒い円形のデザインは彼女のステッカーのオマージュ。
lim pehは福建語で父親、転じて権力者の意。

日本の路上にあって、シンガポールの路上に無いものは何でしょう。ガム、自動販売機、ホームレス、大量の自転車...今日はその中から路上で見られるアートの話題をお届けします。上記の言葉は、鋭い社会風刺と高いデザイン性を備えた作品をシンガポールの路上で発表する26歳のアーティスト・SKL0ことSamantha Lohが先日の講演会で述べたもの。彼女は街中にステッカーを貼る作品から、ステッカー・レディの愛称で親しまれている人物です。


SKL0が脚光を浴びたのは、2012年6月、彼女が公共物を破損した罪で逮捕されたことがきっかけでした。ガムの罰金で知られるシンガポールですから、無許可で実施されるストリートアートが罪に問われること自体は驚くべきことではありません(過去に落書きをした若者たちが鞭打ちの刑に処されている)。彼女は公共の設備(信号機)に勝手にステッカーを貼ったこと、公道や建物の壁にスプレーで文字を書いたことにより逮捕され、判決で240時間の奉仕活動を言い渡されます。彼女自身にとっても予想外だったのが、逮捕に反対し、アートとバンダリズムの違いを論じる世論の盛り上がりでした。地元のメディアやネット上で“ステッカー・レディ“の作品と判決の行方が連日報道され、SKL0は一躍時の人になりました。



問題となった作品は、信号待ちの押しボタンにひねりのきいた一文が載った円形のステッカーを貼りつけたもの(たとえば、「一回押せば十分だってば(press once can already)」「時間を止めるにはボタンを押してください(press to stop time)」といったもの)。そして、道路に「my grandfather's road」とスプレーで書きつけるものでした(シンガポールでは道を横切る歩行者をドライバーが「自分のばあちゃんの道とでも思ってるのか!(Hey, your grandfather road ah?)」と野次ることがあるらしい。ここではgrandmotherをgrandfatherに置き換え建国の父・リークアンユーの隠喩として使っている)。

人々が愛着を持つシングリッシュ(シンガポール英語)を用いてユーモアたっぷりにシンガポール社会を皮肉った彼女の作品は多くの支持を得、ネット上には「検閲反対。ステッカー・レディの作品こそアートだ」といった応援メッセージがあふれ、罰金と禁固2年間を課す器物破損の罪を撤回するよう求めるオンライン署名は15,000人を突破しました。こうした経緯を経て創作活動を再開したSKL0が先日シンガポールの南洋工科大学で行われた講演で作品と逮捕前後の状況を振り返りながら聴衆と対話しました。

興味深かったのは、逮捕後彼女が観光地・セントーサ島のビーチやナイトサファリの展示のために委嘱作品を制作している点です。常に監視の目を感じるようになったため以前より注意深く活動しなければならないが、こうした機会を利用して今まで通り創作を続けていくと言う彼女。National Arts Councilの支援も受け、アジア各国のアーティストと都市空間に挑戦する Solidarity 21というプロジェクトに取り組むそうです。ストリートアートの分野でも世界水準のを目指したいシンガポール政府と、社会にメッセージを発し続けたいSKL0の思惑が一致し両者の協力関係が成り立っているところにシンガポールらしさが感じられます。芸術文化が民間の力で生き残っていくという選択肢が無い以上、アーティストは政府のルールに乗りながらいかに創造性を発揮できるかが問われます。路上で自由な声を上げ支持を得たSKL0が委嘱作品でもその批判精神の切っ先を鈍らせないかどうかが注目されるところです。

インターネットの検閲強化に反対し
Hong Lim Parkの抗議集会に参加する人々

また彼女は、シンガポールにはストリートアーティストが腕を磨く”壁”が不足しているため、自由に使える壁を増やし、レベルを上げていきたいとも話していました。現在シンガポールには政府公認のストリートアート用の壁が6か所あり、小さな路面店がひしめくCampong Glam地区(アラブ・ストリート)ではいくつか委嘱作品を見ることができます。最近では人材育成のため、子どもたちがストリートアートを学ぶ講座も始まりました。しかし「公認の壁」でいくら自由な表現を描いても、公衆との接点を欠いてはストリートアートに本質的な反骨精神のようなものは骨抜きにされてしまうのではないでしょうか。SKL0は作品が合法か違法かではなく、メッセージが届くかどうかが勝負だと話していましたが、温室栽培されたストリートアートが強いメッセージ性を保てるのかは疑問です(SKL0は化学とマネジメントを学び様々な職を転々とした後に創作活動を始めたアーティストで、正規の美術教育は受けていません)。

潜在的な危険をはらむ要素は隔離するという政府の主張はシンガポールの“スピーカーズコーナー”、Hong Lim Parkに顕著に見られます。デモやストが禁止されているシンガポールで自由に弁論できるという唯一の場所ですが、事前の申込が必要で公園の片隅には警察署があります。「公認の壁」や劇場などの文化施設もシンガポールではこれと同様、現実社会と作品に線を引いたうえで自由を保障している場所なのです(警察所は隣接していなくとも助成金カットや上演許可申請の段階でガサ入れ可能)。ネットの普及した今、多くの国民はこれらの隔離された情報にもアクセスしやすくなっているはずですし、表現者の側はどのような介入があったのかを示す手段を手にしています。(以前ご紹介したLoo Zihanなど)不意に社会に突き付けられた異議申し立てに対し、日本では十分に議論がなされないままうやむやにされたり、極論で片づけられてしまったりすることも多いように感じます。芸術文化が社会に持ち込む毒に対するリテラシーを上げていくというのは、両国に共通の課題のように思いました。(齋)

SKL0公式サイト:http://skl0.com/
Today紙によるインタビュー:http://www.todayonline.com/blogs/forartssake/we-rat-skl0

0 件のコメント:

コメントを投稿