2014年2月20日木曜日

長野県須坂市『蔵の町並みキャンパス』


皆さんこんにちは!
小林真理ゼミに所属している3年生のR.Sです!
先週長野県須坂市で開催された、「蔵の町並みキャンパス」に小林真理ゼミの3年生、4年生が参加しました。まず、ここで須坂市や「蔵の町並みキャンパス」について簡単に紹介させていただこうと思います。続いて他のゼミのメンバーが当日の様子などを紹介して行きます!

【須坂市紹介】

須坂市は長野県北部に位置する人口5万人程の市です。江戸時代には須坂藩主掘氏の館長として、また大笹街道と谷街道の交差する場として、数々の商取引が須坂で行われてきました。その後、明治から昭和にかけて製糸業により繁栄し、その歴史を背景として建てられた「蔵」が今でも商店や美術館、博物館として市内に多く残っています。非常にのどかで美しい町並みがとても魅力的です。特に「蔵」の多く並ぶ中心街は綺麗に整備されており、製糸業によって繁栄した須坂の豊かな歴史が感じられます。中心街から少し離れたところには「臥竜公園」があります。「臥竜公園」の桜並木は『さくら名所100選』に選ばれる程美しく、公園の中心にある池の周りには160本のソメイヨシノが楽しめます。また、公園内にはアカカンガルーの「ハッチ」で有名な「須坂動物園」や水族館などがあります。小林真理ゼミでも「臥竜公園」や「須坂動物園」に訪れました。非常にアットホームな雰囲気で、かわいらしい動物達が多くいる「須坂動物園」は個人的に特に気に入りました!さらに、須坂では一年を通じ、「須坂カッタカタ祭り」や「須坂祇園祭」など、様々なイベントが開催されています。この様に文化も自然もとても豊かな須坂市です!皆様も是非一度行ってみてはいかがでしょうか。


【蔵の街キャンパス】

先程記した通り、須坂は自然と文化が非常に豊かな市です。「蔵の町並みキャンパス」とは、その様に豊かな須坂市の遺産を研究材料にし、様々な大学や専門学校の学生達がより豊かな須坂の実現に向けて様々な案を考える事業です。具体的には、『須坂の歴史と文化の集積である蔵造りの建物を活用し、学生等が研究交流する中で、21世紀を担う知の創出と、新たな情報の発信地として賑わいあるまちづくりを進めるため、“蔵の町「須坂」をキャンパスに(案)”をメインテーマに、市民の皆さん、市内の企業、まちづくり団体と行政が連携し「蔵の町並みキャンパス推進協議会」を設立し、大学、短大、高等専門学校の授業や研究活動を支援する』という試みです。今年は2月8日に開催され、例年よりも3校多い、7校の大学、専門学校、短期大学の学生が参加しました。当日の流れは以下の通りになります:

①開会
②あいさつ
③成果発表
1)清泉女学院大学『駅からハイキングプロジェクト』報告
2)長野工業高等専門学校『蔵の町並み景観に配慮した店舗併用住宅の設計』報告
3)長野短期大学
・生活科学科健康栄養選好『おやき作り体験-郷土食の継承-』、『ガーナ須坂を行く-パワーポイントで作成したアニメを用いた食育の試み-』報告
・生活科学科生活環境選好『須坂駅前の景観まちづくりと活性化に関する調査-須坂の魅力を伝える案内人の誕生-』報告
4)信州大学工学部建築学科『街区の再生』、『民家の再生』報告
5)東京大学『文化芸術振興ビジョンの育て方』報告
6)文化学園大学・東京工科大学『須坂市古民家再生プロジェクト「平成25年度活動報告」』報告

④調査報告

信州大学工学部土本研究室「田中下屋敷調査報告」

⑤質疑
⑥講評
⑦その他
⑧閉会

大雪の影響もあり、今回は来れなかった学生もいたため、全て予定通りには行きませんでしたが、それぞれの大学の報告は非常に興味深く、とても良い経験をさせていただきました。次回の投稿では他のゼミのメンバーが改めて当日の雰囲気や各大学の発表の内容について報告しますので、楽しみにしてください!

R.S

2014年2月4日火曜日

初体験!

久しぶりの投稿です。M.Hです。
先日、オペラデビューしてしまいました!
あまり大きな声では言えないのですが、2○年間オペラは一度も観たことがなかったのです。
イギリスにいた頃はシェイクスピア劇やミュージカルばかり観ていて、オペラは漠然と「敷居が高いもの」と意識していたように思います。
 
 
オペラ初鑑賞の演目は藤原歌劇団の公演、ロッシーニ『オリィ伯爵』。
鑑賞前に予習をしようと、図書館でオペラ入門という本を読んでみるも
、、、、、演目がない!!!!
どうやらマイナーな演目らしいのです。
どうしよう、私にもわかるのか!?
そんな不安を抱きつつ、東京文化会館に向かうと、
公演1時間前には作品紹介が行われていました。
 
ほっと安心するも、話を聞いてもよく分からない。
 
 
オペラを全く見たことがないので、専門用語を聞いてもぴんとこないのです。
登場人物の名前も、いまいち頭に入ってこない。
 
 
どうしよう。。。
 
 
軽くパニック状態でしたが、初めてなのだから、とりあえずその空間を楽しもう!と開きなおりました。
 
公演自体はフランス語上演で、日本語字幕が表示されていました。内容は非常にシンプルなものだったので、テーマについてというよりは、歌手の歌声を堪能した3時間でした。
 
歌を通じて表現するエネルギーや楽しさが舞台から伝わってきて、こちらも気分がよくなるものです。気付くと体がゆらりゆらりと自然に動いていました。
劇場には様々な年齢の方がいて、みなさん思い思いに作品を楽しんでいたように思います。
いつも歌舞伎をみている私にとっては「○○屋!」ではなく、「ブラボー!!」の掛け声がとても新鮮でした。
 
配布された公演のチラシに目を通すと、私が想像していた以上に多くのオペラ作品が上演されていて、日本におけるオペラのひろがりを感じました。
修士論文を執筆する際、明治・大正時代の芸能雑誌に目を通す中で、当時、日本にオペラやクラシック音楽を普及しようと帰国し、活躍した日本人演奏家、オペラ愛好者の存在が印象に残っています。明治期に、東京音楽学校でオペラ作品が上演されて以来、海外からの受容とともに、日本人による創作活動を意図した試行錯誤を繰り返し、日本のオペラ文化は独自に展開してきました。
 
その中で、オペラという文化を支えたものは何であったのか。
現在のようなクラシック・オペラファンが増えたきっかけを作った要因は何だったのか。
そして、これから日本のオペラはどのような道を辿るのか。
 
まだまだ未知の世界ですが、今後少しずつオペラに関する知識を深めていきたいと思います。
 
M.H

2014年2月2日日曜日

事件は現場で起こっている ― あるいはクリエイターに勝つことはできないということ

 「美術の現場」とはどこなのでしょうか。
 制作の現場だという答えはひとつの正解だと思います。作家やアーティストが作品を生み出す場と瞬間、それこそが美術の現場のひとつであることは疑いないと思います。
 それでは美術館はどうでしょうか。制作された作品を収集し展示し人々に公開する美術館を美術の現場と呼ぶことができるのでしょうか。これは美術館批判ではなく、僕が長年持ち続けいまだ解決できていない疑問です。「美術に関する仕事がしたい」と考える人が思い浮かべやすい仕事場は美術館であると思います。しかし美術館(のほとんどの機能)は美術を生み出す場であるとは言い難いと思います。美術批評と制作の関係性にも似て、すでに生み出された作品の存在を起点にして美術館としての機能が発生することが多いわけです(美術館の展示が美術史を形成していったという話は他に譲ります)。美術館が制作の現場ではない場合、美術館は「美術の現場」と呼ぶことはできるでしょうか。「美術の場」ではあるかと思いますが。
 この疑問は「文化政策の現場」という言い回しでも適用できると思います。芸術文化を生み出すクリエイターを支援・育成・活用することは得意だしそれこそが文化政策の目的であり主たる機能なのかなとも思いますが(文化芸術の有価値を無批判に前提とする一種の思考停止も如何なものかと思いますが)、制作者としてではない形で文化政策に携わっている人の話を聞いたり本を読んだりしていく中で、文化政策に携わるあなたの立場は文化芸術の「現場」にあるのですかと問いたくなる瞬間が多々あることも事実です。
 学芸員という職業に対する疑問は山ほどあるのですが、そのひとつは「結局学芸員はアーティストに勝てないんじゃないか」ということです。
 学芸員について話題にされる言説の中に、ひとつのストーリーやテーマに合わせて作品を選択し配置し発表する展覧会というものは学芸員にとっての「作品」といえる、という言い方をするものがたまに見受けられます。学芸員が作り出した展覧会は本当に作品と呼べるでしょうか。少々乱暴な言い方をすればその言説はレトリックに過ぎないのではないかと思います。すでにあるもの、他の誰かが作ったものをストーリーやテーマに合わせて選択し配置することは、一種の「編集」行為だと思います。作家やエッセイストが書いた文章、マンガ家が書いたマンガを集め体裁を正し雑誌という形でひとつにまとめ発表する編集者をクリエイターと呼ぶことができるでしょうか。編集者という機能に重きが置かれる以上、展覧会を組む学芸員をクリエイターと呼び、展覧会を「作品」と呼ぶことには無理があるのではないでしょうか。作家、アーティスト、芸術家をクリエイターと呼ぶことができるならば、学芸員や編集者の仕事はクリエイターの作品を編集することです。そうであれば、「美術」にしろ「アート」にしろ「文化政策」にしろその大きな渦のコアであり中心であるのはクリエイターであることを認めないわけにはいきません。クリエイターが生み出す作品や文化がなければ学芸員も編集者も職業として成立しえないと思います。その時、「現場」とは制作の現場のことであり、その周りにいる立場の人々の機能は制作の現場を設えること、制作の現場を快適にすることでしかないと言えてしまうのではないでしょうか。
 そのことは、音楽の世界における作曲家と演奏者・指揮者の関係、映画における原作者と脚本家・映画監督の関係、舞台芸術における原作者と演者・演出家・舞台監督の関係などにもあてはまると思います。
 僕個人に関して言えば、美術館や学芸員の根源的なあり方そのものに疑問を持っていることや、まっすぐに学芸員になりたいと言い難い心理的な原因はこのあたりにあります。苦労して学芸員になったところで、結局はクリエイターに勝てないんじゃないか。そう思うからこそ、音楽をやってみたり写真を撮ってみたりいろいろとやっているわけでもあります(もちろんそれだけが理由ではありませんが)。ただそこにも問題はあり、たとえば楽器を演奏するにしても人の書いた曲を演奏しているだけでは演奏者の枠から抜け出すことはできませんし、だからと言ってオリジナルで作曲をしたところで音楽理論なる定型化された大きな枠組みを抜け出すことは非常に困難です。突き抜けてジョン・ケージの真似ごとやフリージャズをやっても一時的に変な音楽をやった面白い人という評価を超えることは難しいでしょう。根源的に音楽理論なる20世紀に体系づけられた[仮の]体系そのものを疑問視し脱構築する必要がある時代に来ているようにすら考えています。写真にしたって、すでにあるこの世界の一部を切り取ることがその方法である以上インデックスを繰り返し再生産しているにすぎず、「その対象に目をつけてその角度でそういうライティングで撮影したそのアイデアが素晴らしい!」というふたひねり半くらいした奇妙な評価になりがちです。見たものそのままを写す写真にはできない空想の世界や偶然キャンバス上にできた模様を目に見える形に描き出せるのは絵画だけだといって写真や写実絵画に対する優位を説いた19世紀抽象画家や象徴主義の作家たちの主張はこの点において正当性を持つものだと思います。フォトショップとかの画像加工ツールを使えば写真だって見たものそのままを写したものじゃなくなるじゃないか!という意見もありますが、それは現実の描写を思うように「修正」しているにすぎず、素材は現実の光景を用いていることには変わりありません。そもそも音楽にせよ絵画にせよ写真にせよそのようにジャンルを区切って話題にしていること自体が前世紀までに美術史学の発展の中で区分されたジャンル分けを無意識に踏襲してしまっているからであり、「クリエイターになろう!」といって「絵画にしようかな、写真がいいかな、音楽家になろうかな」と選択すること自体がすでに確立された(ように見える)ジャンルの枠に最初から無意識に囚われてしまっているわけです。この壁を超えることは容易なことではありません。この壁を乗り越えようと試行錯誤を試みる勇者にはたいがい「変な人」という不名誉な評価を与えられてしまうことが多く、成功し名声を得ることは並大抵のことではありません。ジャンルの壁を乗り越えることに成功したところで、それは「新たなジャンルをもうひとつ生み出した」ことに結実し、結局は新たなジャンルの壁を創出したに過ぎなくなる可能性だって大いにあるのです。コンピュータの発明以降人類の発明は新しく何かを生み出すことは不可能になり、すでにあるものの組み合わせを生み出し続けることしかできなくなったという話もあります。そこまで考えると真のクリエイターになることがどれほど困難なことであるか途方に暮れてしまうことも確かです。
 ずっと持ち続けている疑問でまだ解決できておらず結論は出せていないのですが、自らクリエイターにならずクリエイターを生かすことを主業とすると決意するのであれば、それだけの理由と意味を自らの中に構築しておく必要があるのかなとも考えています。

(志)

2014年1月31日金曜日

「体育館や、大ホールではやめましょう」

おはようございます、1月も終わりですね。
pugrinです。

先日、私がお手伝いをしております渋谷ハチ公サロンにて、
伝統芸能プロデューサーの小野木豊昭さんとお会いする機会がありました。

http://www.koten.co.jp/index.html

小野木さんは邦楽・舞踊・落語といった日本の舞台芸術の活性化をめざし、
公共ホールを中心に公演をプロデュースしていらっしゃる方です。

数々のお仕事の中でも、茨城県小美玉市の幼稚園・小学校に向けた
アウトリーチ活動のお話を伺いました。

小美玉市では毎年、市内の幼稚園・小学校合わせて58クラスで
プロの三味線・琴・太鼓の演奏に触れる授業が行われており、
それが10年近く継続しているそうです。

若手のプロの邦楽家たちが、
1クラス1クラスの年齢やこれまでの授業内容に合わせて
披露する楽曲や対話のプランを綿密に立てながら、
子供たちと一緒に、日本の音を楽しむ感覚を分かち合う機会を提供しています。

どんなに技術があっても、途絶えてしまう危険のある邦楽の世界と
どんなに吸収力があっても、触れなければ知らずに育ってしまう子供たちの感覚を
小さい年齢のうちに
小さな空間で
少人数で出会わせていくことで
両者に新たな活躍の可能性を生じさせていくこと、

この3つの「小」が、小野木さんのお仕事の大切な部分であるということでした。


教育の現場、プロの音楽家、それに市の行政といった
複雑になりやすい関係を調整していくお仕事は
そのうちのどのアクターにとっても非常に骨が折れることです。
それを理解し、このような授業を続けることが可能になった小美玉市は、
なぜこれほど文化に対して前向きなのですか?と小野木さんに聞いたところ

・2006年に市町村合併により生まれた新しい市で、
文化を大切にしなければ市としての発展が見込めないと市長以下職員が考えていること。
・市内の2つのホールの館長に文化振興の熱意があり、
彼らの意見を聞き入れる土壌が行政にあったこと。

というポイントを挙げてくださいました。

現状はここまでの情報ですが、こうした新しい市の姿勢と、
小野木さんのような民間企業の活動は注目すべき点が多くあると思いました。

ぜひ小林ゼミのプロジェクトにも取り入れていきたい事例と思い、
ブログで共有いたします。

ではでは。


2014年1月29日水曜日

小金井で「文化政策を考える研究会」が開催されます

※リンク等ミスがありましたので、訂正いたしました。申し訳ありません。

小金井 アートフル・アクション!では、現在行なっているプロジェクトを事例として取り上げ、
ゲストとともに様々なプロジェクトと文化政策のかかわりあいについて考える講座を開催しています。

2月1日(土)に第3回が開催されます。
今回はNPO法人クリエイティブサポートレッツの理事長の久保田翠さんをゲストに迎え、
「個から共へ―つながりの可能性」というタイトルで、
アートプロジェクトを通じて個と公共について考えていくプログラムだそうです。

これまで(第0回も含め)3回開催された「文化政策を考える研究会」に私も参加しました。
市民スタッフとしてアートフル・アクション!にかかわっている方などが、
日頃から疑問に思っていたことやゲストの方々に質問したり、
ゲストの方々に現場での経験を熱く語ったりして、
どんどんと活発になっていく議論は、毎回大変勉強になっています。

お知らせが直前になってしまいましたが、ご興味がありましたら、ぜひご参加ください。 
http://artfullaction.net/index.php?itemid=203

(tantaka)

2014年1月7日火曜日

じゃまもの、のけもの、きわられもの、ですか?


あけましておめでとうございます、本日より授業再開ですね、pugrinです。

昨日は文化資源の名俳優、金世一さんの出演する舞台
「深川ももんが」を鑑賞してまいりました!
http://www.zenshinza.com/stage_guide2/z_next/



金世一さんはメインビジュアルのど真ん中、
鮮通信使の役です。

あらすじはこんなかんじ。(前進座HPより抜粋)
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江戸は辰巳の裏長屋に、奇妙なナリの生き倒れ…。
思いがけない珍客に、右往左往の長屋の面々。
江っ子花咲く井戸端には、人情、友情、おせっかい。
この珍客は、敵か味方か、はたまたただの変人なのか?
太田善也が描く、妖怪画家 鳥山石燕の誕生秘話!? 
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朝鮮からやってきた画家が、長屋の人々の毎日をがらりと塗り替えてしまう
というようなお話なのですが、
これって文化資源学でやってることと似てる!と思いました。

町を変えるものは「よそもの わかもの ばかもの」と言われることもあるように
「深川ももんが」でも、
他の土地から来た人にしか見えないものがあり、
そこのしがらみに関係のない人だからこそ話せることがあり、
その出会いから生まれた言葉や考えが
それまでの当り前を見直すきっかけになる
ということが、
江戸の町人と朝鮮人との遭遇を通して描かれていたのです。

その結果、長屋では朝鮮の漬物を販売できるようになり
大工仕事がはかどるようになり、お年寄りにはベンチができました。
ならず者が更正し、ロクデナシが働き者となって、2つの恋が実りました。

朝鮮人は日本が母国に劣ると思っていたけれど、
江戸にはゴミが無いどころか、
どんなものもぐるぐる回りながら人の役に立っていて
ゴミそのものが無いのだと気づき、日本を好きになりました。


もちろん物語だからこそトントン拍子にうまくいくのであって
現実はそうはいかないことが多いのですが、
2時間の中で笑いあり、涙あり、
登場人物が皆それまでのモヤモヤした思いに決着をつけて
幸せになっていく過程を見ていて、
わたしもスカッとさわやかな気分になりました。

本作の中でも「どっちが上かと言い争って喧嘩になりかける」
シーンがありましたが、
いつもいつも肝になるのは他者との対話だなあ、と思います。
舞台上ではこんなセリフがありました。(正確ではないですが・・・)

「サルというのはいつもどっちが上か下か、優劣をつけることばかり考えている。
私たちは人間なのだから、相手に寛容になって話をすべきだろ」

自分の立場に意固地にならずに、他者をまず受け入れる
ということは簡単ではありませんが、
とりあえず聴く、とか、相手はどういう視点でこちらを見ているのか想像する
ことはできそうです。

今年も「良きよそもの」の視点を忘れずに頑張ろうと思います!


よろしくお願いいたします^^

2014年1月6日月曜日

第13回 文化資源学フォーラム参加の前に…

みなさま、あけましておめでとうございます。2014年もよろしくお願いいたします。

久しぶりのブログ投稿になりますが、恒例の文化資源学フォーラムが来月の2月22日(土)に開催されます。今回のテーマは「酒食饗宴 うたげにつどう人と人」です。
(詳しい案内と申込方法は文化資源学フォーラムのHPhttp://www.l.u-tokyo.ac.jp/CR/forum/forum13.html にアップされておりますので、そちらをご覧ください)

 その前フリとしまして、今回は宣伝です。現在、上映されている『武士の献立』の時代考証をされた綿抜豊昭先生が今回のフォーラムのゲストです。『武士の献立』は加賀藩の料理役を務めた舟木安信をめぐる物語で、加賀藩で供された料理の数々が登場し、新藩主お披露目の大々的な「宴」も再現されているのが見ものです。これを観ていただくと、フォーラム参加がより一層面白くなるかと思います!

http://www.bushikon.jp/ →公開終了が近いかもしれないので、お見逃しなく!

 
そして加賀藩邸跡といえば、東大本郷キャンパスですが、昨年よりはじまった総合図書館前の発掘現場はちょうど溶姫の御殿の端にあたるそうで、藩邸の宴で使われた器や貝殻などが発掘され、たくさん宴会が行われていた様子がうかがえます。こちらも2月には閉じてしまうという噂ですので、お見逃しなく!


  左は総合図書館前の発掘現場。右はうたげに使われたかわらけ(使い捨て…)。

 
「食を囲んで人と人が向かい合う場」が、すなわち「宴」ですが、今回のフォーラムでは食の要素のみならず、そこで展開される人間模様、もてなしの工夫などを交えながら、古今東西において人間が絶えることなく続けてきた「宴」という営みについて考察していきます。美味しい計画も進行中です。ぜひご参加ください。                     
                                                                                                                                                   (Mube)