2012年11月4日日曜日

フィリピンの国歌


 フィリピンから初めての投稿です。
 マニラに住み始めて間もなく1年になりますが、常夏で、季節の変わり目を実感しないせいか、時間が文字通り矢のように過ぎていくようです。

 さて、今日のテーマは、フィリピンの国歌について。こちらに来て驚いたことの一つに、舞台公演や映画上映の前に、観客が起立して国歌を斉唱する、ということがあります。必ずしも全ての公演・上映で国歌斉唱があるわけではなく、例えば、市内の商業劇場やショッピング・モール内の映画館などでは、国歌斉唱を行わない場合もあります。フィリピン文化センター(The Culture Center of the Philippines)やフィリピン大学(University of the Philippines)の劇場では例外なく国歌斉唱があるので、国公立の機関では徹底しているようです。
 国歌斉唱の際には、観客全員が立ち上がり、ほとんどの人が右腕を左胸にあてて歌っています。実際、口パクの人はいても(私もまだ歌詞を覚えていないので、ハミングのみですが・・・)、座っている人は誰もいなく、国歌斉唱は少なくとも私の住むマニラ首都圏の人たちには当然のこととして受け入れられているように思われます。
 「少なくとも」というのは、フィリピンの国歌はタガログ語の歌詞となっているためです。タガログ語は、国語(national language)である「フィリピン語」とほぼイコールの言語であり、英語と並ぶ公用語(official language)とされていますが、実際、タガログ語話者はフィリピンの全人口の約三分の一(マニラ首都圏・ルソン島南部が中心)のみ。フィリピンには80以上の言語があり、三分の二の人たちはそれぞれの地域・民族の言語を日常的に使っています。つまり彼らにとってはフィリピンの国歌は母語ではないのです。
 ここで、フィリピンの国歌が今の形になるまでに100年かかっていることを考え合わせると、国歌斉唱はフィリピンの国家統合のためのシンボルであることもわかります。現在の国歌が作曲されたのは1898年。300年余りにわたるスペインの支配から独立を勝ち取った際に歌われたはずなのに、その時の歌詞はスペイン語。その後、アメリカ支配下では歌詞が英語にされ、第二次大戦の日本占領期にタガログ語版ができようやくタガログ語の歌詞が公的に認められた、という経緯があるのです。
 フィリピン国歌を定めた法律(Republic Act  No. 8491 http://www.gov.ph/1998/02/12/republic-act-no-8491/)では、敬意をもって国歌を一生懸命歌うことがわざわざ明記されていて、日本の国歌を定めた法律条文と比較してみても、驚くべき細やかさです。
 日本では、国歌斉唱について様々な議論がありますが、他国に長く支配されてきた歴史をもち、多くの民族が住み、文化・宗教が多様なフィリピンにおいては、「フィリピン人」であることを確認するための重要な仕掛けなのかもしれません。

フィリピン国歌 Lupang Hinirang(選ばれし国)和訳
 【世界の国歌ウェブサイトより http://www.world-anthem.com/lyrics/philippines.htm 】

最愛の国 東洋の真珠
心に燃やし続ける熱情
選ばれし国 勇者達の眠る地
いかなる征服者にも屈せず
海 山 蒼天
詩の如き壮麗さを放ち
愛しき自由への歌を奏でん
汝の御旗は勝利への輝き
決して曇ることなき星と太陽
栄光と愛情の地
汝の腕の中に天国はあり
汝を脅かす者あらば
この命 喜んで汝に捧げん

(M@Manila)


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