2012年11月16日金曜日

違いがわかる男

最近、勉強の息抜きに音楽を流して飛び跳ねるルーティンを繰り返しているpeaceful_hillです。いわゆる修論生ですが、たまには飛び跳ねるだけじゃなくてブログを書こうかーと思い立ったわけです。論文で堅苦しい言葉遣いに辟易しているところなので、せめてここでは感じたままに書かせてください。

先日、ちょっとだけ長い息抜きをしようと、友人とレンタカーで山梨県まで行ってきました。あの名高い青木ヶ原樹海のそばに広がる、「西湖いやしの里根場(ねんば)」という茅葺き集落が旅の目的地でした。

旧渡辺家住宅(国登録有形文化財)

茅葺き集落というと、少し思い浮かべただけでもいくつか出てくると思います。……って、出てきますよね、出てくるはずです。岐阜県白川郷、福島県大内宿、京都府美山など。でも、ここ根場は、そうした茅葺き集落とは違うところがあります。せっかく訪れても、それを知らずにただぼーっと眺めるだけではもったいないです。

次の文章は、ウェブサイトの概要説明を引いてきたものです。年号表記だけ手を加えました。
かつては美しい富士を背に茅葺き屋根が並んでいた西湖畔の根場地区。しかし、1966(昭和41)年の台風災害で壊滅的な被害を受け、その姿は過去のものとなってしまいました。時は流れ、2003(平成15)年に合併してできた富士河口湖町では、そんな日本の原風景である茅葺き屋根の集落を甦らせようと、「西湖いやしの里根場」創設事業に着手しました。2006(平成18)年に第1期オープンし、その後計画的に整備を重ね、茅葺民家も20棟に増えて、2010(平成22)年にリニューアルオープンを迎え、「日本のふるさと」とも云うべき、かつての根場地区の、のどかな農村風景を再現しました。
さあ、お気づきでしょうか。いま根場に広がるのは、厳密にいえばかつて人が住み暮らしていた根場集落ではないということです。他の茅葺き集落のように残されて残ってきたものではなく、「再現」され「創設」されたものなのです。
「それじゃ、日本民家園のようなものっすね」と思われるかもしれません。それとも違います。だって、かつて確かにそこに存在した集落景観なのですから。
過去に存在した集落を同じ場所に再現するとは、どういうことなのか。それを考えながら根場を歩いてみるだけですごく面白かったです。

それと、根場では「心のふるさと」という言葉がよく使われていますが、都会で生まれ育った私からすれば、茅葺き集落に「心のふるさと」を感じることはありません。いやいや、住んだことがなくても何となく懐かしい感じがするではないか、という意見もあるかと思いますが、それは知らないうちに「心のふるさと」情景が刷り込まれた結果ではないか、と疑いたくなります。そんなふうに考えると、農村風景を「日本の原風景」とするのは、およそ都会からの身勝手なまなざしで、農村はそれを背負わされているようにも思えてきます。特に棚田景観の保護が訴えられるとき、私は「んー」と感じてしまいます。地元が「日本の原風景」イメージを積極的に利用している側面も大きいだろうし、本当のところはよくわからないですけど。

ところで、「西湖いやしの里根場」からは富士山の美しい姿を望むことができるのですが、私が訪れたときは雨でまったく何も見えませんでした。でも、富士山より見るべきものが目の前にあるじゃないかって気持ちで、ひとり心が弾みまくっていたpeaくんでした。ちなみに、昼食はホウトウではなくウドンでした。

(peaceful_hill)

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