「風立ちぬ」を見ようとして満員で
公開初日の特撮映画を見て帰りました、
pugrinです。
夏休み本番、西洋美術館のインターンにて
スクールギャラリートークが始まりました。
第一回目は品川区荏原第一中学校。
美術部12名を2グループに分け、わたしは男子チームのガイドをいたしました。
見た作品は屋外の彫刻、ロダンの「考える人」、
屋内の絵画、マリー・ガブリエル・カペの「自画像」です。
ロダンは、受付から作品の前に行くまでに、すぐ
「考える人だ!」と歓声が沸くくらいやっぱり有名。
本物を目の前にして、彫刻は360度ぐるりと見られるので、
好きな場所を探して教えてね、という問いかけからスタートしました。
よくテレビや教科書で見る角度↑が好き、といってくれた子が半分、
せっかくだから違う視点が良い、といってくれた子がもう半分という感じで、
でもどの子も筋肉の動きに注目してくれました。
そう、「考える人」はただ自然にひざにひじをついているのではなく、
左ひざに右ひじをつけるという、少し複雑なポーズなのです。
これにより、背中の筋肉もぐっとねじれ、
全体に深い思索にふけっている印象が深まります。
わたしはじりじりと夏の日差しに焼かれながら思い悩む
「考える人」の、そんな背中が好きです。
次に見に行った「自画像」は、
「この絵には何が描いてあるかな?何をしているところかな?」と聞いたのですが
「いす」とか「ペン」とか「キャンバス」とか、
ド直球に目の前にある女性の姿については何も言ってくれません。
思春期の男子に女性の自画像は言及しにくかったかな~、ゴメン、男子よ。
と思いましたが、18世紀になり女性がプロの画家として絵筆を取ったという意味では
非常に意義のある作品。
解説をはじめるときちんと目を見て聞いてくれる素直な姿には感心させられました。
しかし時計を見ると予定より10分くらい早い・・・
まずい、と思い、急遽後ろにかかっている国立西洋美術館きっての目玉
モネの「睡蓮」に助けを求めました。
実はガイドのための予習をもちろんしていないのですが、
キャプション片目にありったけの知識で対応。
「さっきの自画像とこれ、何か違うところはあるかな?」
技法に注目してもらったところ、
筆遣いの大胆さ、写実性より雰囲気を大切にしている点などの答えが出てきたので一安心。
終了時間まで、印象派の流れについて話して初めてのトークを終了しました。
なんにせよ気遣いをしたり自意識が高まっている中学生に
活発に意見を出してもらうのは難しい!という感想を持つとともに、
知識を求めて真剣に話を聞いてくれる彼らのために、
次回はもう少し工夫しよう、と思いました。
明けて8月2日はピカソの素描展に伴ったキッズプログラム、「アニマル・ウォッチング」でした!
http://www.nmwa.go.jp/jp/events/fun-with-collection.html
まず素描展の会場でクイズをし、キーワードを集める。
集めると「フェイス」という単語が出てくるのでそこからフェイスペインティングに移り、
完成したらそのままの顔で上野動物園へGO!
職員さんのトークを聞いて、みんなで写真を撮って終了、
というランチをはさんだ長いプログラムです。
初回の参加者は小学生の女子3名、少ないかな?と思いましたが、
インターンも3名なので、子供一人に対しインターンも一人がついてペアになり、
和気藹々とプログラムが進められました。
しかもその前に2回のトライアル(+神田祭も)があったので、
フェイスペインティングが得意になってしまいましたw
もう普段の化粧なんかよりずっと評判がいいです。
小学生は大人しい子もいましたが、逆のたくさんおしゃべりしてくれる子もいて、
そういう子が引っ張ってくれると、まわりもだんだん打ち解けてくれるのがわかりました。
また、フェイルペインティングをしていると動物園のお客さんが珍しがって見てくれるのですが、
サルの檻の前にくると、ガッシャンガッシャン音を立てての大興奮(威嚇?)!!
少しびっくりしましたが、わたしたちが動物を見るように、
動物もわたしたちを見ていることがよくわかりました(^ω^;)
いろいろなプログラムに参加しておりますが、
この夏でインターンは終了予定です。
他の美術館では1年間で更新もあるそうですが、
西洋美術館はそうはいかない決まりですので、後残りのトークなど、
他のメンバーと一緒に楽しんでいきたいと思います♪
2013年8月4日日曜日
2013年8月3日土曜日
幽霊のアトリビュート ―常呂から日本橋へ―
無事東京へ帰ってまいりました、(志)です。
常呂滞在中に近隣の博物館見学の機会を多く与えていただきました。知床の自然とかアイヌ文化とか地域の特徴を生かした展示が多く非常に勉強になったんですがね、その中のあるひとつの展示物を見て考えたことをさくっと書きます。
その展示物は「むかしの暮らし」的なコーナーの江戸か明治くらいの一般家庭の生活空間を再現した展示の中に置かれていた1本の「ひしゃく」です。
そのひしゃくを見て思い出したのは船幽霊の一種で「ひしゃくをくれ~」言う幽霊です。ちゃんとしたひしゃく渡しちゃうとそれで船に水を汲まれて沈没させられてしまうから穴のあいたひしゃくを渡さないといけないよ、っていうヤツですね。あの幽霊が想像(創造)されたのってやっぱり「ひしゃく」っていう道具が生活の一部にある身近な存在だった時代だと思うんですよね。でも現代の日本の生活様式ではひしゃくってそんなに身近なものじゃないですよね。神社行ったりした時たまに使うくらいで。だとしたら現代の幽霊って何持ってるかな~?って考えたらですね、例えば貞子は呪いのビデオ(VHS)に映ってて最終的にテレビ(ブラウン管)から出てくるし、『着信アリ』は携帯電話(ガラケー)だし。そう考えていくと幽霊が持ってるものって進化してるんだな~と思ったわけです。逆に100年後の幽霊って何持ってるんだろうなって考えると面白いですよね。要するに幽霊の持ち物には僕らの生活が反映されるわけですからね。空飛ぶ自動車に乗ってたらおばけにヒッチハイクされてびっくり、とか、火星旅行に向かうロケットの窓に手形が!!とか。その状況のせいで全然怖くないですよね。時代時代における「幽霊」像を考えることって人びとがその時代に何を持っていたか、何を知っていたかによって変わってくるんだろうなあ~ということをそのひしゃくを見つけた瞬間考えたわけです。2秒くらいで。
そんなことを展示を見ながら考えてみたい方は日本橋・三井記念美術館にて開催中の『大妖怪展―鬼と妖怪そしてゲゲゲ―』に足を運んでみてください。江戸時代の百鬼夜行絵巻から水木しげる氏が描いた妖怪たちが出迎えてくれます。時代によって幽霊とか妖怪とかの“もののけ”の類がどんな想像力で描かれているかが明確に反映されていて面白いですよーっと。
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html
真偽のほどはわかりませんがスタジオジブリの名作『平成狸合戦ぽんぽこ』には百鬼夜行のシーンをはじめ随所に水木しげる先生がデザイン協力をされているそうですな。
(志)
2013年7月31日水曜日
美術館にキレた話 ―常呂レポート2―
美術館や博物館の歴史、社会における機能などを意識するようになってから、日本各地の博物館施設を訪れることを研究と趣味半々のモチベーションで続けています。訪れる博物館の種類としては、文部科学省が行っている社会教育調査(博物館,博物館類似施設)の調査対象である総合博物館、歴史博物館、美術博物館、科学博物館、野外博物館、それから動物園、植物園、水族館、動植物園を主な対象として考えています。ここに公民館や図書館、劇場や文化ホール、ギャラリーや画廊、公園や庭園、科学館、遊園地、テーマパーク、サファリパークなどが含まれるかどうかという問題は非常に微妙かつ巧妙で面白いんですがまあそれは置いといてですね。そのように全国の施設を回っている中でかつて一度だけある美術館にめちゃくちゃ腹が立った経験があり、時々思い出しては再び腹を立てたり反省したり考察したりしている事例がありますのでこの場を借りてみなさんと共有してみたいと思います。もしよければコメントなどいただけるとありがたいです。
一応実名を出さず某美術館ということにしておきます。2010年の夏、バックパッカーで全国の美術館・博物館を巡る一人旅を敢行し、その行程でその美術館を訪れました。割と最近の開館で、大胆かつ斬新な建築や目玉のひとつである屋外展示作品などで当時そこそこ話題になっていた美術館です。
イラっときたポイントその1、入口がわかりにくい。
真夏の炎天下はるばるやってきたバックパッカー(志)はとにかく早くクーラーの効いた涼しい屋内に入りたかったわけですが、斬新な建築に一瞬感嘆の声を上げ写真を数枚撮ってさあ入ろうとしたところ入口がわからない。近年の有名建築家が設計する大型施設にはよくある困った話のひとつですが、デザインやコンセプトを重視しすぎたあまり実用的な設備の機能性が阻害されるというよくある困った話がここでも起こっていました。数分ウロウロしようやく入口を見つけたわけですが、まあわかりにくかったですね。せっかく来たけど入口の入り方がよくわからなくて諦めて帰ってしまう人が少なからず出てもおかしくない現代建築の特徴のひとつに早速気分を害されました。汗ダラダラなのに。
イラっときたポイントその2、チケット購入の分かりにくさと強制的な荷物預け。
入口をウィーンと入って左手に受付カウンターがあったので「学生一枚ください」と告げたところこちらは案内カウンターでしてチケット購入はあっちのエレベーターを降りてあっちに曲がってこっちに曲がって3回まわってワンみたいな対応をされイラっときました。ここで買わせろや。さらにこのカウンターでは僕の背負っていたリュックサックを有無を言わさず預かると言ってきました。その旅行中はとにかく時間巻き巻きで各地の館が空いている時間のうちに回れるだけ回ろうという気持ちで回っていましたので荷物もまず預けることなく回っていたしそれで注意されることも皆無でしたが、「作品に当たると困るので」的な理由を言われまあそうかな、確かに展示室が狭かったら危ないよなとその場は(しぶしぶ)納得し荷物を預け展示会場へ向かいました。するとどうでしょう、なんと展示室は日本一といってもいいくらいめっちゃくちゃに広いのです。いくつもある展示室のひとつひとつが小学校の体育館くらいの広さ、とでも言えばわかりやすいでしょうか。とにかく、展示作品に夢中になっていようが少々お客さんで混み合っていようが背中に背負ったリュックサックで背後の展示ケースにぶつかるような距離感では全くないのです。は?これリュック預ける必要ねーじゃん。小さくても頑張ってるほかの館を馬鹿にしてんのか?などなどとイライラがつのりました。
イラっときたポイントその3、順路がわかりにくい。
展示室内の順路がわかりにくいのはさほど問題ではないと思います。あえて順路を決めず自由に見てもらう順路設定の仕方があることも十分承知していますから、そんなことでは怒りません。ただ、先ほどの受付カウンターとチケットカウンターが違う階にあるとか、違う階に行くにはめちゃくちゃわかりにくい移動をしなければならないとか、目玉である屋外展示を見に行くにもこれはバックヤードか?と思われるほどごちゃごちゃした迷路のような通路(しかも屋外だからめちゃくちゃ暑い)を通らなければいけないなど、来館者を混乱させる仕掛けが随所に見られイラ立ちました。エレベーターで同乗したご婦人方も「わかりにくいわねえ」などとご不満を述べておられましたし、お年寄りや車椅子の方などにもごちゃごちゃしてわかりにくくひたすら長い移動を強いている建築構造になっていたわけです。
イラっときたポイントその4、完全なる監視。
これがこの美術館に最もイラ立ったポイントかもしれません。展示室ってボランティアとか専門業者の人とかがやってる監視スタッフがいますよね。この美術館にも当然いたしまあいること自体は全然問題ないんですがね、その配置がですね、要するに“一切の死角がない監視員の配置”だったんですよ。展示室や廊下のどこにいようと必ずどこかの監視員の視界に入る配置になっているんです。これ、作品管理や防犯上は最も効率的で良いのかもしれませんが、ゆっくりと誰にも邪魔されず作品を鑑賞したいなあと思っている来館者にはめっちゃくちゃストレスなんです。作品と向き合いながら自分のペースで見たいじゃないですか、でもそれを常に誰かに監視されてたらどう感じますか?めちゃくちゃ視線が気になって全然作品鑑賞に集中できないんですよね。昔、こういう形の部屋のどことどこに監視カメラを設置したら最も少ない数で全体を監視できるでしょうかみたいなパズルゲームをやった記憶がありますが、まさにそのゲームの正解みたいな監視員の配置で、全く心安く作品を鑑賞することができませんでした。
すべての展示を見たあと、イライラがピークに達していた僕はチケットカウンターに用意されていたアンケート用紙をむしるように奪い取り、印刷された小さな文字たちを完全無視し思いの丈を用紙全体にガンガン書きまくって真っ黒にした挙句、最後に「フーコーを読め。全員。」と巨大な文字で書きなぐったアンケート用紙を般若のような顔で回収ボックスにスラムダンクしてきました。
その監視員の配置を決めたのは監視員をやってる方々その人ではないはずなので監視員の皆さんに罪はないですし、全員がフーコーを読み理解できるわけではないことも分かっています(そもそもパノプティコンの考案者はフーコーじゃなくベンサムだし)。ただ、美術館を訪れてここまで怒りに駆られた経験は初めてだったので、少しでも館側に伝えなくてはととった行動が殴り書きのアンケートだったのでした。
少し大人気無かったかなと後になって反省することもなくはないですが、熱意のあるアンケート用紙1枚が実は大きな力を持つということもわかってきている今の僕の理解で、僕のとったあの行動が少しでも館運営の改善につながり、イラ立つ来館者をひとりでも減らすことができるなら良かったのでは、と納得することも多いのです。
初来訪以来その美術館を再び訪れる機会には恵まれていませんが、あれから何か変わったのか、あるいは何も変わっていないのか、次回訪れる際にはじっくりと見極めて来たいと思っています。
と、いうことを常呂滞在中に博物館網走監獄を見学した時に思い出したのでここに書いてみました。
常呂レポートその2でした。
一応実名を出さず某美術館ということにしておきます。2010年の夏、バックパッカーで全国の美術館・博物館を巡る一人旅を敢行し、その行程でその美術館を訪れました。割と最近の開館で、大胆かつ斬新な建築や目玉のひとつである屋外展示作品などで当時そこそこ話題になっていた美術館です。
イラっときたポイントその1、入口がわかりにくい。
真夏の炎天下はるばるやってきたバックパッカー(志)はとにかく早くクーラーの効いた涼しい屋内に入りたかったわけですが、斬新な建築に一瞬感嘆の声を上げ写真を数枚撮ってさあ入ろうとしたところ入口がわからない。近年の有名建築家が設計する大型施設にはよくある困った話のひとつですが、デザインやコンセプトを重視しすぎたあまり実用的な設備の機能性が阻害されるというよくある困った話がここでも起こっていました。数分ウロウロしようやく入口を見つけたわけですが、まあわかりにくかったですね。せっかく来たけど入口の入り方がよくわからなくて諦めて帰ってしまう人が少なからず出てもおかしくない現代建築の特徴のひとつに早速気分を害されました。汗ダラダラなのに。
イラっときたポイントその2、チケット購入の分かりにくさと強制的な荷物預け。
入口をウィーンと入って左手に受付カウンターがあったので「学生一枚ください」と告げたところこちらは案内カウンターでしてチケット購入はあっちのエレベーターを降りてあっちに曲がってこっちに曲がって3回まわってワンみたいな対応をされイラっときました。ここで買わせろや。さらにこのカウンターでは僕の背負っていたリュックサックを有無を言わさず預かると言ってきました。その旅行中はとにかく時間巻き巻きで各地の館が空いている時間のうちに回れるだけ回ろうという気持ちで回っていましたので荷物もまず預けることなく回っていたしそれで注意されることも皆無でしたが、「作品に当たると困るので」的な理由を言われまあそうかな、確かに展示室が狭かったら危ないよなとその場は(しぶしぶ)納得し荷物を預け展示会場へ向かいました。するとどうでしょう、なんと展示室は日本一といってもいいくらいめっちゃくちゃに広いのです。いくつもある展示室のひとつひとつが小学校の体育館くらいの広さ、とでも言えばわかりやすいでしょうか。とにかく、展示作品に夢中になっていようが少々お客さんで混み合っていようが背中に背負ったリュックサックで背後の展示ケースにぶつかるような距離感では全くないのです。は?これリュック預ける必要ねーじゃん。小さくても頑張ってるほかの館を馬鹿にしてんのか?などなどとイライラがつのりました。
イラっときたポイントその3、順路がわかりにくい。
展示室内の順路がわかりにくいのはさほど問題ではないと思います。あえて順路を決めず自由に見てもらう順路設定の仕方があることも十分承知していますから、そんなことでは怒りません。ただ、先ほどの受付カウンターとチケットカウンターが違う階にあるとか、違う階に行くにはめちゃくちゃわかりにくい移動をしなければならないとか、目玉である屋外展示を見に行くにもこれはバックヤードか?と思われるほどごちゃごちゃした迷路のような通路(しかも屋外だからめちゃくちゃ暑い)を通らなければいけないなど、来館者を混乱させる仕掛けが随所に見られイラ立ちました。エレベーターで同乗したご婦人方も「わかりにくいわねえ」などとご不満を述べておられましたし、お年寄りや車椅子の方などにもごちゃごちゃしてわかりにくくひたすら長い移動を強いている建築構造になっていたわけです。
イラっときたポイントその4、完全なる監視。
これがこの美術館に最もイラ立ったポイントかもしれません。展示室ってボランティアとか専門業者の人とかがやってる監視スタッフがいますよね。この美術館にも当然いたしまあいること自体は全然問題ないんですがね、その配置がですね、要するに“一切の死角がない監視員の配置”だったんですよ。展示室や廊下のどこにいようと必ずどこかの監視員の視界に入る配置になっているんです。これ、作品管理や防犯上は最も効率的で良いのかもしれませんが、ゆっくりと誰にも邪魔されず作品を鑑賞したいなあと思っている来館者にはめっちゃくちゃストレスなんです。作品と向き合いながら自分のペースで見たいじゃないですか、でもそれを常に誰かに監視されてたらどう感じますか?めちゃくちゃ視線が気になって全然作品鑑賞に集中できないんですよね。昔、こういう形の部屋のどことどこに監視カメラを設置したら最も少ない数で全体を監視できるでしょうかみたいなパズルゲームをやった記憶がありますが、まさにそのゲームの正解みたいな監視員の配置で、全く心安く作品を鑑賞することができませんでした。
すべての展示を見たあと、イライラがピークに達していた僕はチケットカウンターに用意されていたアンケート用紙をむしるように奪い取り、印刷された小さな文字たちを完全無視し思いの丈を用紙全体にガンガン書きまくって真っ黒にした挙句、最後に「フーコーを読め。全員。」と巨大な文字で書きなぐったアンケート用紙を般若のような顔で回収ボックスにスラムダンクしてきました。
その監視員の配置を決めたのは監視員をやってる方々その人ではないはずなので監視員の皆さんに罪はないですし、全員がフーコーを読み理解できるわけではないことも分かっています(そもそもパノプティコンの考案者はフーコーじゃなくベンサムだし)。ただ、美術館を訪れてここまで怒りに駆られた経験は初めてだったので、少しでも館側に伝えなくてはととった行動が殴り書きのアンケートだったのでした。
少し大人気無かったかなと後になって反省することもなくはないですが、熱意のあるアンケート用紙1枚が実は大きな力を持つということもわかってきている今の僕の理解で、僕のとったあの行動が少しでも館運営の改善につながり、イラ立つ来館者をひとりでも減らすことができるなら良かったのでは、と納得することも多いのです。
初来訪以来その美術館を再び訪れる機会には恵まれていませんが、あれから何か変わったのか、あるいは何も変わっていないのか、次回訪れる際にはじっくりと見極めて来たいと思っています。
と、いうことを常呂滞在中に博物館網走監獄を見学した時に思い出したのでここに書いてみました。
常呂レポートその2でした。
(志)
2013年7月29日月曜日
ロンドンレポート①
資料収集のため、ロンドンへ行ってきたM.Hです。
ロンドンはロイヤル・ベビーの誕生でお祭り騒ぎでしたよ。
ロンドンレポートでは、滞在中の発見、訪問した劇場・文化施設などに関してご報告したいと思います。
実は2013年は日英交流400周年という、日本とイギリスにとって重要な一年です。遡ること1613年、当時の国王ジェームズ一世と徳川家康・秀忠が書簡のやりとりをし、正式に国交開始となりました。日本ではあまり取り上げられていないようですが、イギリスではこれを記念し、英国の機関や団体をはじめ、著名な歴史学者、ジャーナリスト、文化機関の代表者などのプロフェッショナル、日本の支援者がボランティアベースで協力し、ウェブサイト「Japan 400」という公式サイトが立ち上がり、日本関連のイベントや展示が予定されています。
そして今週末には、ロンドン市内で「ハイパージャパン」というイベントが開催されています。「ハイパージャパン2013」は日本文化総合イベントで、日本の食や伝統文化、ポップカルチャーなど、様々なジャンルを一堂に集め、年齢性別、興味の対象を問わず、日本に関心のあるすべての人が楽しめるイベントとして、2010年に開催されて以降、毎年4万人以上の人が参加しています。
オーストラリア出身の芸者「紗幸」のお座敷芸、世界で評価されたパフォーマー集団「白A」によるステージショー、イギリス・リヴァプール出身の落語家公演、寿司アワード、酒エクスペリメント、日本食の屋台、「けん玉」大会、津軽三味線プレーヤー、最新の東京ファッションを参加者が体験できる「東京ファッションストーリー」、アニメやロボットの紹介イベント、ギネスに挑戦する「箸の豆つかみ大会」、着付けや武道、折り紙などのワークショップ、最新ゲームの体験コーナー、参加型の展示やイベント、アトラクションなど、盛りだくさんの内容となっています。
この中で特に気になったのが、オックスフォード大学で社会人類学の博士号を取得しながら、日本の芸者の世界に惹かれ、厳しい修行を得て2007 年に浅草でデビューした初の西洋人芸者である紗幸さんやイギリス人女性の落語家ダイアン吉日さんなどのアーティストです。落語家のダイアン吉日さんは故・桂枝雀のお茶子を務めたことから落語の世界に入り、桂三枝(現・六代目桂文枝)に学び、日英両方の言語で創作落語および古典落語を口演、今年、国際的活動の功労者を讃える「中曽根康弘賞」(世界平和研究所)を受賞しています。彼女は日英文化の違いなどをテーマにした、ユニークで斬新な落語を披露しロンドンでも話題になっています。このようなアーティストが何をきっかけに日本の文化に惹かれていったのか、どのように日本の文化を捉えているのか、またそれをロンドンという場所でどのように表現しているのか、実際にイベントに参加して、自分の目で見て考えたかったです。つまり、もう少しロンドンにいたかった、、、!
「ハイパージャパン」でも食に関するイベントが多いようですが、今ロンドンでは新たな「日本食」ブームが起こっていました! 10年程前は、ロンドン市内には日本人駐在員が週末家族と共に行くような、少し高級な日本食店や和菓子店が多くあったのですが、その数年後には日本食レストランは激減し、そのかわりロンドンっ子が気軽に入れるジャパニーズ・レストランが増えました。Yo!Sushi(テンションが高い回転寿司)、Wasabi, Bento, Wagamama (ラーメンのようなもののチェーン店)、Itsu, Potsu(お店のコンセプトとしては、ポットでジャパニーズ・フードを!というものらしいです)などが市内にオープンし、またデパートの食品売り場にも、スシやエダマメなどが並び、ロンドンっ子がお箸で日本食、もしくは日本食のようなものを食べている光景をよく目にするようになりました。しかし、それらは日本人が考える「日本食」や「日本の食材」とは程遠いものでした。
そして、今回ロンドンへ行って感じた事は日本人が食べても「おいしい!日本の食事」と感じることができるお店が増えたということです。その一つがラーメン。今はソーホーを中心に多くのラーメン屋さんがオープンし、実際に行ってみるとお客さんのほとんどが現地の人でした。まさかロンドンで、こんなおいしいラーメンを食べられる日がくるなんて、と感動してしまいました。(先日友人にこの話をしたところ、ニューヨークでも同じような動きがあるようです。)店員さんにお話を伺ったところ、そこでは日本人のスタッフが現地の人と一緒にメニューを開発しているようです。このように、食などの文化発信において、現地の人にも受け入れてもらえる味や共感してもらえる作品を、如何に現地の人を巻き込んで仕掛けるかということが一つの鍵だなと感じました。そして、人の動きと共に文化の受容においても様々なブームが起こり、ロンドンにおける日本の文化が作られていくのだなと思いました。
続きは、ロンドンレポート第二弾で!
M.H
ロンドンはロイヤル・ベビーの誕生でお祭り騒ぎでしたよ。
ロンドンレポートでは、滞在中の発見、訪問した劇場・文化施設などに関してご報告したいと思います。
実は2013年は日英交流400周年という、日本とイギリスにとって重要な一年です。遡ること1613年、当時の国王ジェームズ一世と徳川家康・秀忠が書簡のやりとりをし、正式に国交開始となりました。日本ではあまり取り上げられていないようですが、イギリスではこれを記念し、英国の機関や団体をはじめ、著名な歴史学者、ジャーナリスト、文化機関の代表者などのプロフェッショナル、日本の支援者がボランティアベースで協力し、ウェブサイト「Japan 400」という公式サイトが立ち上がり、日本関連のイベントや展示が予定されています。
Japan 400
http://japan400.com/ja/そして今週末には、ロンドン市内で「ハイパージャパン」というイベントが開催されています。「ハイパージャパン2013」は日本文化総合イベントで、日本の食や伝統文化、ポップカルチャーなど、様々なジャンルを一堂に集め、年齢性別、興味の対象を問わず、日本に関心のあるすべての人が楽しめるイベントとして、2010年に開催されて以降、毎年4万人以上の人が参加しています。
オーストラリア出身の芸者「紗幸」のお座敷芸、世界で評価されたパフォーマー集団「白A」によるステージショー、イギリス・リヴァプール出身の落語家公演、寿司アワード、酒エクスペリメント、日本食の屋台、「けん玉」大会、津軽三味線プレーヤー、最新の東京ファッションを参加者が体験できる「東京ファッションストーリー」、アニメやロボットの紹介イベント、ギネスに挑戦する「箸の豆つかみ大会」、着付けや武道、折り紙などのワークショップ、最新ゲームの体験コーナー、参加型の展示やイベント、アトラクションなど、盛りだくさんの内容となっています。
この中で特に気になったのが、オックスフォード大学で社会人類学の博士号を取得しながら、日本の芸者の世界に惹かれ、厳しい修行を得て2007 年に浅草でデビューした初の西洋人芸者である紗幸さんやイギリス人女性の落語家ダイアン吉日さんなどのアーティストです。落語家のダイアン吉日さんは故・桂枝雀のお茶子を務めたことから落語の世界に入り、桂三枝(現・六代目桂文枝)に学び、日英両方の言語で創作落語および古典落語を口演、今年、国際的活動の功労者を讃える「中曽根康弘賞」(世界平和研究所)を受賞しています。彼女は日英文化の違いなどをテーマにした、ユニークで斬新な落語を披露しロンドンでも話題になっています。このようなアーティストが何をきっかけに日本の文化に惹かれていったのか、どのように日本の文化を捉えているのか、またそれをロンドンという場所でどのように表現しているのか、実際にイベントに参加して、自分の目で見て考えたかったです。つまり、もう少しロンドンにいたかった、、、!
「ハイパージャパン」でも食に関するイベントが多いようですが、今ロンドンでは新たな「日本食」ブームが起こっていました! 10年程前は、ロンドン市内には日本人駐在員が週末家族と共に行くような、少し高級な日本食店や和菓子店が多くあったのですが、その数年後には日本食レストランは激減し、そのかわりロンドンっ子が気軽に入れるジャパニーズ・レストランが増えました。Yo!Sushi(テンションが高い回転寿司)、Wasabi, Bento, Wagamama (ラーメンのようなもののチェーン店)、Itsu, Potsu(お店のコンセプトとしては、ポットでジャパニーズ・フードを!というものらしいです)などが市内にオープンし、またデパートの食品売り場にも、スシやエダマメなどが並び、ロンドンっ子がお箸で日本食、もしくは日本食のようなものを食べている光景をよく目にするようになりました。しかし、それらは日本人が考える「日本食」や「日本の食材」とは程遠いものでした。
そして、今回ロンドンへ行って感じた事は日本人が食べても「おいしい!日本の食事」と感じることができるお店が増えたということです。その一つがラーメン。今はソーホーを中心に多くのラーメン屋さんがオープンし、実際に行ってみるとお客さんのほとんどが現地の人でした。まさかロンドンで、こんなおいしいラーメンを食べられる日がくるなんて、と感動してしまいました。(先日友人にこの話をしたところ、ニューヨークでも同じような動きがあるようです。)店員さんにお話を伺ったところ、そこでは日本人のスタッフが現地の人と一緒にメニューを開発しているようです。このように、食などの文化発信において、現地の人にも受け入れてもらえる味や共感してもらえる作品を、如何に現地の人を巻き込んで仕掛けるかということが一つの鍵だなと感じました。そして、人の動きと共に文化の受容においても様々なブームが起こり、ロンドンにおける日本の文化が作られていくのだなと思いました。
続きは、ロンドンレポート第二弾で!
M.H
2013年7月24日水曜日
東京大学とは何か ―常呂レポート―
久方ぶりの投稿となります、(志)です。
現在、北海道北見市にあります東京大学文学部・大学院人文社会系研究科常呂実習施設での博物館学実習に参加中です。考古学研究室担当の授業なので毎日炎天下で遺跡を掘っている…ということはなく、割と毎日贅沢に観光をしている、ように見えます。傍目には。グループワークとしての企画展準備を行いながら、近隣の博物館施設を見学して回っているという日常です。
私がここに来ることを決めたのには、主にふたつの理由があります。ひとつはもちろん資格取得のための単位を取得するためです。この実習で成績を残すことができれば、資格のための単位は揃えられることになります。もうひとつの理由は、「東京大学が持っている施設に出来る限り入り込みたい」という考えを持っているためです。
私は高校卒業以来7年に亘り東京大学を外から見る立場にあり、また高校生時分を含めて東京大学などという高次元の存在とは関わりようもない人間でありました。接点があるとすれば大学でお世話になった先生方の中に東大出身の方々が幾人かいらっしゃったということくらいで、私自身が東京大学の内部の人間になることなど到底考えられませんでした。
そんな私がなんやかんやで東京大学に学生として侵入することになり今年で2年目になります。入学時から、自分の研究テーマや”文化資源学とはなにか?”という疑問はもちろん常に考え続けてきたわけですが、実は僕の中にはもうひとつ研究テーマがありました。
「東京大学とは何か」
という問題です。
私が外部から東京大学に入ることになったからということはもちろん、私の長期の研究対象である日本の博物館の歴史の上でも重要な存在感を放ち、かつ勿論日本という国を、特に近代から考えている私にとっては、東京大学という組織は非常に重要な存在であるのです。さらには、以前在籍していた大学が小規模で全体像を比較的つかみやすい組織であったことと対照的に、いつまでたっても東京大学という超巨大な組織体の全容がつかめないという入学以降の実感が、「東京大学の学生でありながら東京大学の全体像がつかめない」という不安定な認識を抱かしめるに十分な材料でありました。私の所属する人文社会系研究科だけでも多くの専攻を持ち、さらには文学部という組織が非常に近い隣人でありながら全く内容が把握できておりません。自分の所属するところだけでも全容把握ができていないのに、この大学には数多くの学部・研究科があり、またキャンパスも複数箇所に散らばり、さらには関連組織も無数に存在するようです。在学生だけで数千人、教員も数百(千?)人、関係者や卒業生も含めると何百万人に上るのでしょうか。この組織の巨大さ、関係者の豊富さこそがこの国を動かしてきた要因なのでしょうが、自分が所属する組織がどのような存在なのか掴みきれないという不安は私にはなかなかクリティカルな「安心」と「理解」の問題なのです。「私にとって」ではない、シンプルな「東京大学とはなにか」という問題が現前してきます。
おそらくはこれから一生かけて考えていく問題なのでありましょうし、一生かけてもわからないのかもしれません。いち学生としてすこしずつでもやってきたことは、東京大学の持つ組織や施設に可能な限り入り込んで中から観察してみるということでした。総合研究博物館と分館、IMTには学生ボランティアという形で参加していますし、身分証を使って入ることのできる学内の空間には出来る限り忍び込んで偵察をしたりしています。他学部・他研究科で開講されている授業にも無理のない範囲で参加を続けています。わかることもありますし、わからないことも山のようにあります。その「忍び込む」べき対象のひとつが、ここ常呂実習施設なのでありました。
北海道に存する東京大学の施設が如何なるものであるのかは、札幌生まれの”私にとって”は多少なりともアイデンティティにかかわる問題でもあります。
実際に常呂にやってきて、本施設の概要や歴史を学ぶことで、少しずつこの場所の存在理由や東京大学文学部という組織の片鱗が見えてきた気がしてはいますが、まだ数日しか経っていない経験で何かがわかったという実感もあまり大きくはありません。
東京大学とは何か。
私はいつかこの疑問に小さなひとつの答えを見つけ出すことができるでしょうか。
(志)
現在、北海道北見市にあります東京大学文学部・大学院人文社会系研究科常呂実習施設での博物館学実習に参加中です。考古学研究室担当の授業なので毎日炎天下で遺跡を掘っている…ということはなく、割と毎日贅沢に観光をしている、ように見えます。傍目には。グループワークとしての企画展準備を行いながら、近隣の博物館施設を見学して回っているという日常です。
私がここに来ることを決めたのには、主にふたつの理由があります。ひとつはもちろん資格取得のための単位を取得するためです。この実習で成績を残すことができれば、資格のための単位は揃えられることになります。もうひとつの理由は、「東京大学が持っている施設に出来る限り入り込みたい」という考えを持っているためです。
私は高校卒業以来7年に亘り東京大学を外から見る立場にあり、また高校生時分を含めて東京大学などという高次元の存在とは関わりようもない人間でありました。接点があるとすれば大学でお世話になった先生方の中に東大出身の方々が幾人かいらっしゃったということくらいで、私自身が東京大学の内部の人間になることなど到底考えられませんでした。
そんな私がなんやかんやで東京大学に学生として侵入することになり今年で2年目になります。入学時から、自分の研究テーマや”文化資源学とはなにか?”という疑問はもちろん常に考え続けてきたわけですが、実は僕の中にはもうひとつ研究テーマがありました。
「東京大学とは何か」
という問題です。
私が外部から東京大学に入ることになったからということはもちろん、私の長期の研究対象である日本の博物館の歴史の上でも重要な存在感を放ち、かつ勿論日本という国を、特に近代から考えている私にとっては、東京大学という組織は非常に重要な存在であるのです。さらには、以前在籍していた大学が小規模で全体像を比較的つかみやすい組織であったことと対照的に、いつまでたっても東京大学という超巨大な組織体の全容がつかめないという入学以降の実感が、「東京大学の学生でありながら東京大学の全体像がつかめない」という不安定な認識を抱かしめるに十分な材料でありました。私の所属する人文社会系研究科だけでも多くの専攻を持ち、さらには文学部という組織が非常に近い隣人でありながら全く内容が把握できておりません。自分の所属するところだけでも全容把握ができていないのに、この大学には数多くの学部・研究科があり、またキャンパスも複数箇所に散らばり、さらには関連組織も無数に存在するようです。在学生だけで数千人、教員も数百(千?)人、関係者や卒業生も含めると何百万人に上るのでしょうか。この組織の巨大さ、関係者の豊富さこそがこの国を動かしてきた要因なのでしょうが、自分が所属する組織がどのような存在なのか掴みきれないという不安は私にはなかなかクリティカルな「安心」と「理解」の問題なのです。「私にとって」ではない、シンプルな「東京大学とはなにか」という問題が現前してきます。
おそらくはこれから一生かけて考えていく問題なのでありましょうし、一生かけてもわからないのかもしれません。いち学生としてすこしずつでもやってきたことは、東京大学の持つ組織や施設に可能な限り入り込んで中から観察してみるということでした。総合研究博物館と分館、IMTには学生ボランティアという形で参加していますし、身分証を使って入ることのできる学内の空間には出来る限り忍び込んで偵察をしたりしています。他学部・他研究科で開講されている授業にも無理のない範囲で参加を続けています。わかることもありますし、わからないことも山のようにあります。その「忍び込む」べき対象のひとつが、ここ常呂実習施設なのでありました。
北海道に存する東京大学の施設が如何なるものであるのかは、札幌生まれの”私にとって”は多少なりともアイデンティティにかかわる問題でもあります。
実際に常呂にやってきて、本施設の概要や歴史を学ぶことで、少しずつこの場所の存在理由や東京大学文学部という組織の片鱗が見えてきた気がしてはいますが、まだ数日しか経っていない経験で何かがわかったという実感もあまり大きくはありません。
東京大学とは何か。
私はいつかこの疑問に小さなひとつの答えを見つけ出すことができるでしょうか。
(志)
2013年7月21日日曜日
夏学期マイルストーン
あっという間に夏学期が終わりましたね。
入学からここまで、ひっそりとOLで終わるかと思っていた人生が変わって
駆け抜けすぎたpugrinです。
さて、頭の整理と、近況報告のために
1年生としての現状を少し共有させていただきます。
<フォーラム>
「食」をテーマにしたい、というところまでM1で固まってきたのですが、
ちびくろサンボのトラのように、ぐるぐるまわって
テーマ決めの核心に近づけずに夏になってしまいました。
「リーダーを決めなさい!」と小林先生に助言いただき、
ようやくリーダーが決定。
わたしです。
輪番制で報告者と書記をする、というやり方のほうが民主的なのでは、という意見もありましたが、
やはり大黒柱というか、リーダー的人物がいないと物事が進まないと実感。
「リーダー」とは何か?改めて考えさせられたとともに、
人によってはその単語への嫌悪感があるという可能性もわかり、
「リーダー」に代わる単語を模索中です。
わたしとしては、「一番初めに口を開いて無茶を言ってみんなに叩いてもらう役」
と思っております。がんばります。
<合宿>
話し合いを重ねて、太下様からの「食文化創造都市」のご講義をいただき、
地方誌「Cradle」を読み込み、それでも鶴岡の魅力や活力の真髄には近づけず・・・
もう行っていろんな方からお話を伺うしかない!
そんな自分たちのもがいているさまを先輩方にさらけ出し、
やっと「合宿楽しそうになってきた」とコメントをいただけました。
しかし実際どのように鶴岡関係者(市役所、企業、市民・・・)の方からお話を引き出せるか、
まだまだ練らねばなりません。プランの確定まで、もう少々お待ちくださいませ!
(※集合・解散時間はメールにてお伝えしました通りです。)
<原始感覚美術祭>
前回の訪問につき、参加者の感想等を報告書としてまとめて先方へ送付いたしました。
ゼミとしてのかかわり方に対する困惑のほか、
美術祭のあり方、イベントとしてのサービス・インフラ等につき
外から見た辛辣な意見も述べられています。
怒りでも納得でも、先方が新たな気づきを得てくれればと思います。
この21日、22日も訪問の予定でしたが、
残念ながら小林先生の負傷に伴い延期になりました、to be continued...
<高山村>
高山村での発表へ向け、方針を検討し事例を収集中です。
ちょうどカフェにて会議中、そういえばその次の日は渋谷でサロンだ!と思い立ち
いろんな方からお話が聞けるかも、とメンバーを招待したところ、
←松本さん、高田さん、そしてモンゴルへ現地調査に行ってしまうシナさんが来てくれました!
写真奥の男性は、シアターワークショップの伊東社長(文化経済学会会員)です。
これまで100以上もの劇場建設に携わってこられた方で、
サロンの主催の一人でもあり、
お世話になっております。
劇場コンサルタントとしての経験を語っていただき、大いに刺激を受けました。
サロン主催側のわたしとしても、みなさんに楽しんでいただき
また勉強になり、
とてもうれしかったです。
8のつく日に開催しておりますので、またぜひとも。
<そのほか>
わたしは国立西洋美術館でインターンをしており、
夏休みは見学に来る子供たちに、少しばかり作品を説明するガイドになります!
先日模擬トークをやって、「可」なる評価をいただきましたので、
子供たちに美術鑑賞が単なるお勉強ではなくって、楽しめるものだと思ってもらえるよう
精一杯やりたいと思います。
デビューは8月1日!
そして、この夏学期で、授業・インターゼミ・学会・普段の生活を通して
文化資源、研究そのもの、そして自分の研究テーマについての考えが大きく変わりました。
自分や世界の見え方まで変わったような気がしています。
もう少し考えてから、まずはテーマ変更について先生に相談させていただく予定です。
9月には原点での発表も控え、うかうかバタバタしてはいられない状況ですが
じっくり頭を働かせて、この夏も邁進してまいります。
そんな、夏のはじまり。
入学からここまで、ひっそりとOLで終わるかと思っていた人生が変わって
駆け抜けすぎたpugrinです。
さて、頭の整理と、近況報告のために
1年生としての現状を少し共有させていただきます。
<フォーラム>
「食」をテーマにしたい、というところまでM1で固まってきたのですが、
ちびくろサンボのトラのように、ぐるぐるまわって
テーマ決めの核心に近づけずに夏になってしまいました。
「リーダーを決めなさい!」と小林先生に助言いただき、
ようやくリーダーが決定。
わたしです。
輪番制で報告者と書記をする、というやり方のほうが民主的なのでは、という意見もありましたが、
やはり大黒柱というか、リーダー的人物がいないと物事が進まないと実感。
「リーダー」とは何か?改めて考えさせられたとともに、
人によってはその単語への嫌悪感があるという可能性もわかり、
「リーダー」に代わる単語を模索中です。
わたしとしては、「一番初めに口を開いて無茶を言ってみんなに叩いてもらう役」
と思っております。がんばります。
<合宿>
話し合いを重ねて、太下様からの「食文化創造都市」のご講義をいただき、
地方誌「Cradle」を読み込み、それでも鶴岡の魅力や活力の真髄には近づけず・・・
もう行っていろんな方からお話を伺うしかない!
そんな自分たちのもがいているさまを先輩方にさらけ出し、
やっと「合宿楽しそうになってきた」とコメントをいただけました。
しかし実際どのように鶴岡関係者(市役所、企業、市民・・・)の方からお話を引き出せるか、
まだまだ練らねばなりません。プランの確定まで、もう少々お待ちくださいませ!
(※集合・解散時間はメールにてお伝えしました通りです。)
<原始感覚美術祭>
前回の訪問につき、参加者の感想等を報告書としてまとめて先方へ送付いたしました。
ゼミとしてのかかわり方に対する困惑のほか、
美術祭のあり方、イベントとしてのサービス・インフラ等につき
外から見た辛辣な意見も述べられています。
怒りでも納得でも、先方が新たな気づきを得てくれればと思います。
この21日、22日も訪問の予定でしたが、
残念ながら小林先生の負傷に伴い延期になりました、to be continued...
<高山村>
高山村での発表へ向け、方針を検討し事例を収集中です。
ちょうどカフェにて会議中、そういえばその次の日は渋谷でサロンだ!と思い立ち
いろんな方からお話が聞けるかも、とメンバーを招待したところ、
←松本さん、高田さん、そしてモンゴルへ現地調査に行ってしまうシナさんが来てくれました!写真奥の男性は、シアターワークショップの伊東社長(文化経済学会会員)です。
これまで100以上もの劇場建設に携わってこられた方で、
サロンの主催の一人でもあり、
お世話になっております。
劇場コンサルタントとしての経験を語っていただき、大いに刺激を受けました。
サロン主催側のわたしとしても、みなさんに楽しんでいただき
また勉強になり、
とてもうれしかったです。
8のつく日に開催しておりますので、またぜひとも。
<そのほか>
わたしは国立西洋美術館でインターンをしており、
夏休みは見学に来る子供たちに、少しばかり作品を説明するガイドになります!
先日模擬トークをやって、「可」なる評価をいただきましたので、
子供たちに美術鑑賞が単なるお勉強ではなくって、楽しめるものだと思ってもらえるよう
精一杯やりたいと思います。
デビューは8月1日!
そして、この夏学期で、授業・インターゼミ・学会・普段の生活を通して
文化資源、研究そのもの、そして自分の研究テーマについての考えが大きく変わりました。
自分や世界の見え方まで変わったような気がしています。
もう少し考えてから、まずはテーマ変更について先生に相談させていただく予定です。
9月には原点での発表も控え、うかうかバタバタしてはいられない状況ですが
じっくり頭を働かせて、この夏も邁進してまいります。
そんな、夏のはじまり。
2013年7月11日木曜日
コラボとリミテッドエディション
突然ですが、こちらをご覧下さい。
160年前にNYで創業した天然由来成分配合が売りのアポセカリーであるキールズ(Kiehl’s)とアメリカ人アーティスト、ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)のコラボです。
クーンズの作品画像をあしらったリミテッドエディション、2010年のホリデーコレクションとして発売され、その純益の100%($200,000を上限として)がICMEC(International Centre for Missing & Exploited Children:行方不明や搾取された子どものための国際センター)の活動のためにクーンズ・ファミリー・インスティチュート(The Koons Family Institute on International Law & Policy)を通じて寄付され、子供達のより安全な毎日を保証するための活動に活かされた、とのこと。
クーンズはイタリアのポルノ女優で国会議員にもなったチチョリーナ(Cicciolina:Ilona Anna Staller)と結婚したものの後に離婚、チチョリーナが息子を連れてアメリカを去ったため親権を巡って長く争ったという経緯があり(クーンズ側はそれを「誘拐(abduction)と表現しています)、それ以来子供達を守る活動を熱心に支援してきました。
キールズも長年、子供を支援するチャリティーをサポートして来たということもあり、このコラボレーションに至った様です。 パッケージに採用された「セレブレーション」シリーズはクーンズの代表作であると同時に、丁度息子の親権を巡って争っていた時期に手がけた作品だそう。
ネオ・ジオの看板作家であったクーンズのキッチュな作品と天然素材志向の調剤薬局の製品の相性がとても良いという風にも見えませんが、アーティストの社会活動面がフューチャーされこの限定商品販売に至っていると言えます。
いずれにせよ有名だしラベルでの見栄えもするから採用し甲斐があるのだと思いますが、キールズユーザーでもないのでその辺のブランドイメージはよくわかりません。
いずれにせよ有名だしラベルでの見栄えもするから採用し甲斐があるのだと思いますが、キールズユーザーでもないのでその辺のブランドイメージはよくわかりません。
日本では、アーティストの社会的・政治的思想というのはあまり全面的に話題になる事は少ないかもしれないなあとふと思いました、有名なのはオノ・ヨーコくらいでしょうか。
詳しい方、是非教えて頂ければと思います。
(M.O)
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