| 1.ツアーはこのHeritage Trailに沿って進んだ。 |
2.土着の植物が生い茂る道路。
政府の進める芝生を使った緑化では
ここまでの多様性は確保できないとのこと。
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| 3.NUSのキャンパス内に残るイギリス軍の 見張り小屋の廃屋。通常は立ち入り禁止。 |
開発の過程で丘を削り海を埋め立ててきたシンガポールにありながら珍しく丘陵の地形が残っているNUSの敷地を歩きながら、暑さの中戦った各国の兵士たちに想いを馳せます。NUSキャンパス内に現存する英軍基地の遺構を巡り(写真3)、大学に隣接するKent Ridge Parkへと歩みを進めた私たちは、急な階段を息を切らして登り、高台の上に立つ記念碑にたどり着きました(写真4)。ここはPasir Panjangの戦いで最後の拠点となったBukit Chandu(アヘンの丘)と呼ばれる場所。記念碑は数的劣勢にもかかわらず二日間にわたって日本軍の侵攻を食い止めたマレー連隊と隊を率いたAdnan Saidi中尉の功績を伝えるもので、英語、中国語、マレー語、タミル語、日本語で解説が書かれています。
| 4.Bukit Chanduに立つ記念碑。 |
Bukit Chanduからユーカリの大木が植わっている坂道を下ると、緑が美しい森を見下ろす吊橋のようになった遊歩道に出ます。爽やかな風が吹き抜ける遊歩道の中程には戦史を伝える解説パネルが(写真5)。遊歩道から見えるアレクサンドラ病院は、戦時中アジアで最も優れた技術と設備をそなえる英国の軍事病院でした。2月14日の午後、Bukit Chanduでマレー連隊を破った日本軍はこの軍事病院を襲撃し無抵抗の入院患者や医療関係者200人余りが虐殺されたとの解説がなされています(ツアーガイドが、虐殺を遺憾に思った日本の司令官が後日謝罪に訪れたと補足してくれましたが、謝罪の事実は文書や博物館の展示では確認できていません)。
5.軍事病院での虐殺を解説するパネル。
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| 6.戦争記念館の概観。 日本語のオーディオガイドも貸し出している。 |
*The Raffles Museum of Biodiversity Research (RMBR) 1998年に設立された研究機関。シンガポールの創設者で優れた博物学者でもあったスタンフォード・ラッフルズと1849年に彼の意思により設立された自然史博物館にちなむ。現在はNUSの一部として当時の自然史関連の所蔵品を管理、自然科学の調査研究を行い、ギャラリーで成果を展示している。




