2014年3月13日木曜日

ブキット・ブラウンにある日本ゆかりの墓石たち

ご無沙汰しております、齋藤@シンガポールです。これまで文化遺産保存活動として、また宗教儀式や歴史教育の実践の場としてご紹介してきたブキット・ブラウン華人墓地ですが、今回は墓地保存をめぐる最新の情報と、日本との関連という切り口のお話をしたいと思います。

墓地保存活動の今
2011年に道路建設計画が公になると、墓地保存を求めて市民ボランティアによる活動が始まった華人墓地ブキット・ブラウン(1922年開設)。ボランティアによる継続的なガイドツアーや調査研究の努力も空しく、2013年12月から政府による墓石の撤去作業が始まりました。墓地には最大で2万基余りの墓石が現存すると言われていますが、道路建設予定地に立地する墓石のうち、親族から申請のあったものから順に合計3442基が、今夏までに撤去されるということです(家族主導で既に304基が撤去された。2013年12月までに親族から申請があったのは1263件。撤去作業の状況はボランティア公式ブログ参照。)

海外からの視線
ボランティアの努力は海外からの注目という形で実りました。近年シンガポールでは初の世界遺産登録に向けて植物園を国際的にアピールする動きが活発化しています。そんな中ブキット・ブラウン墓地は、ニューヨークを拠点に破壊の危機迫る世界中の遺産の保護を訴える非営利組織・World Monuments Fundの「World Monuments Watch 2014」のひとつとして選ばれました(他には東日本大震災の被害を受けた東北の遺産や、シリアの遺跡などが選出されている)。ボランティアの持続的な活動は、政府の道路建設と、その後の住宅地開発計画を覆すには至っていませんが、世界的な遺産の仲間入りをしたことは地元メディアも大きく報道し、その名は広く国民に知れ渡るようになったと思われます。また、ガイドツアーの参加者は1万人を突破。外国人観光客の他、地元の中高生や大学生も授業の一環として墓地を訪れることが増えました。

日本ゆかりの墓石たち
陈馬士野の墓
ボランティアたちはブキット・ブラウンの文化的価値を、華人の文化遺産としてだけでなく、多文化が混在するシンガポール独自の文化遺産としてアピールしています。彼らにとっては、偉大な華人系パイオニアの墓石と同じくらい、シーク教徒のインド人護衛を象った彫像や西洋風天使をあしらった墓石、オランダ語で書かれたインドネシア系プラナカンの墓石などを重要視しているようです。日本に関連した墓石もそんな多文化混在の要素を表すもののひとつ。先日、日本関連の墓を中心に調査を続けるボランティアたちに連れられて、その一つ一つを訪問する機会を得たのでこちらでご紹介します。ボランティアたちが「日本関連」とする墓石には大きく2種類あります。日本人を埋葬した墓石と、日本の影響が見られる墓石の二つです。
山田おふにの墓

二人の日本人の墓石
日本人の墓石は、現時点で2基発見されています。ひとつは政府の埋葬記録に「華人に国籍を変更した日本人」という記述の残る陈馬士野(1853-1934)。シンガポール在住の華人・陈(Tan)氏と結婚し、81歳で亡くなった彼女には娘と孫娘がいたようです。ボランティアは、シンガポールに在住した初期の日本人である馬士野はからゆきさんだったかもしれないと話しています。

もう一つは、政府の埋葬記録に日本人として記されている山田おふに(1869-1941)。植民地時代ラブアン島(現マレーシア)の治安判事を務めた许云发(Koh Eng Watt)と結婚、72歳で没しました。華人の有力者に嫁ぎ、英語話者のための仏教団体でも活動していた彼女については、ボランティアたちはからゆきさんではなく、あった可能性は低いとみています。

これらの墓石は発見当時、木々に埋もれて荒れ果てていましたが、ボランティアたちの清掃により今では墓石の記述や美しい装飾がはっきり見える状態になっています。

ドーリー・タンの墓
日本の影響が見られる墓石
ボランティアたちは埋葬者に日本との関係がみてとれるものと、墓石のデザインに日本の影響を感じさせるものも日本ゆかりの墓石として調査しています。

日本と関係のある埋葬者の墓の一つは、二人の日本人男性(本村克己(施主)、濱野宏行(友人))によって建てられた華人女性ドーリー・タン(陈金雀/1914-1943)の墓です。ドーリーの名はカタカナで墓石に刻まれ、墓を建てた日本人の名のほか、皇紀と民国の年号、英語の表記も見られます。

二つ目は冯日本娘(Fong Jipoon)という名を持つ女性の墓。26歳で亡くなった彼女の墓石には広東出身である旨が記されていますが、なぜ日本娘という名を持つにいたったかは謎に包まれています。

日本娘の墓
デザインに日本の影響を感じさせるものは現時点で4基発見されています。他の華人系の墓石とは明らかに異なる形状をしており、ボランティアたちの目には日本の墓石を彷彿とさせる様式に映るようです。一見、日本的な要素を見出すのは難しいのですが、日本の石屋関係者によれば、この墓石の化工に、セメントの上から砂利をかけて表面に天然石のような表情を出す「洗い出し仕上げ」という技法が使われているとのことでした。洗い出し仕上げはかつて日本家屋の壁や玄関に用いられた技法らしく、これらの墓石と日本の影響も完全には無視できないものとなっています。ボランティアたちは墓石の背後に花の彫刻を施した柱を建てる様式が、シンガポールで広まっていた日本式仏教などの宗教的な影響を受けているのではないかと推測しています。

海外からの視線と日本関連の墓石を物語るボランティア
ブキット・ブラウン墓地をシンガポールの国家的遺産に、延いては世界的な歴史・文化遺産としてアピールする市民ボランティアたちの活動からは、どんなことが読み取れるでしょうか。山下晋司は世界遺産となった中国少数民族の村を事例に「だれが、だれのために、何を、何のために、文化資源化するか」という問いを投げかけてます(山下『観光人類学の挑戦 「新しい地球」の生き方』,2009, p95.)。ブキット・ブラウンのボランティアによる価値ある墓石の取捨選択にも、シンガポール政府、非華人系国民、グローバルな文脈、といった異なる対象を意識した戦略が感じられます。
日本風?デザインの墓

橋本和也は観光体験における「真正性」とは別に、現地ガイド等との交流で感じる「真摯さ」、そして観光客が抱く観光体験の「真正性」といった要素が、「地域的な重要性を持つ価値の伝達」において重要な役割を果たすと述べています(橋本『観光経験の人類学 みやげものとガイドの「ものがたり」をめぐって』, 2011, pp.238-239.)。ブキット・ブラウンのボランティアは個人差はあれ、華人の文化はそれとして、インド系やマレー系の文化はまた別のものとして個別に存在するのではなく、それぞれの要素が混ざり合い共存しているというシンガポールの文化的状況を体現しているこの墓地に、価値を見出し、伝達しようとしています。ガイドツアーの参加者たちは、整備されきった観光地では体験できない”本物のシンガポール"を期待して墓地を訪れ、日本ゆかりの墓石やインド人のシーク教徒像、西洋風の天使にまつわるガイドのものがたりに引きこまれていきます。ガイドの語りが政府や海外の言説ではどのように書き換えられ、伝えられていくのか、引続きこの墓地保存活動の行方を観察していきたいと思います。(齋)

2014年3月7日金曜日

二つとない高山村

3月前半も春休みではありません、pugrinです。

1日、2日と長野県高山村「第二回まり先生の一言セミナー」に行ってまいりました。


今回は、「文化施設での過ごし方の広がり」を大きなテーマとし、
事例発表と参加者・学生のワークショップを行いました。

発表した事例は以下の3つです。

・いわき芸術文化交流館アリオス
∟専門スタッフによる活発な事業を通して、
 市民全員が文化施設と関われるよう取り組みを行っている例

・北上市文化交流センターさくらホール
∟建設構想段階から市民を巻き込み、建物自体を
 市民が交流できるように設計している例

・ひと・まち・情報 創造館 武蔵野プレイス
∟生涯学習支援・市民活動支援・青少年活動支援・図書館の
 4つの機能を一つの施設に持たせることで、
 市民にとり自由な時間や空間、使い方を提供している例

そして、ワークショップのテーマは
「自分だったら文化施設で何をしたいか、
身近な他者には文化施設で何をさせ(てあげ)たいか」。

前回(2013年8月)は参加者の皆さんのご意見をうかがう時間が少なかったことから、
50分間、KJ法(思いつくまま附箋に書き出したアイディアを
似た者同士近くに貼って分類していく方法)を用いて進めました。


発表で大事なポイントとしたかったことは、
「文化施設は自分が本を読み、公演を見聞きし、演奏する場所だけではない」
ということです。
その地域に住む人々の生活と密着しつつ、人々が関係性を築けるようにし、
人生が決まりきった毎日の繰り返しでないことを保証してくれるような場所であるよう、
懸命に努力をしている文化施設がたくさんあります。

また、ワークショップで考えていただきたかったポイントは、
「高山村の誰かと、高山村で一緒に楽しむには何が必要なのか?」ということでした。

そうした事柄を決めていくのは高山村の方々自身なので、
ワークショップの間、~でないとダメだ、よりも、~っていいな、
という言葉が段々出てきたのは、非常に良かったなと思います。

今回はセミナーの前に、本多さんのお宅(徳正寺)にてご住職から
高山村が江戸時代には山奥の秘境などではなく
交通の要地であったというお話を伺いました。


高山村に訪問すると、
扇状地ならではの、須坂とは異なる地形を体で感じるとともに、
そこに住まう人々の誇り高い暮らしが今も息づいていることを実感します。

セミナー後にいただいたおつけものと
「やしょうま」(写真のスイカ・レンコン・丸型の焼いた粉モン)は
もっちもちで、砂糖じょうゆのたれと絡んで最高でした!!


次回はさらに高山村の方々の本音を引き出せるような機会を作れたら嬉しいです。

2014年2月28日金曜日

酒食饗宴、終宴。

約10か月をかけてM1が練り上げてきた、
第13回文化資源学フォーラム「酒食饗宴―うたげにつどう人と人―」が
2月22日、無事終了いたしました、pugrinです。

月初から関東を騒がせた大雪も姿をひそめて
素晴らしい好天に恵まれ、
弥生講堂アネックスは定員80名の満員御礼となりました。




ゲストの綿抜先生には加賀藩の饗応料理について、
伊藤シェフにはフレンチレストランでつくる宴について、
山本さんには米の酒が繋ぐ人と自然についてお話しいただきました。

シンポジウムでは私が進行役として入り、3名のゲストに
宴での食において、思いを込めること、分かち合うことについて語っていただきました。
特にこのシンポジウムは、事前に質問や流れは考えて共有しておくものの
ライブ感が重要となるため、お客さんを前にしての一発勝負は、か・な・り緊張しました。

それでも、何度も顔を合わせて打ち合わせを重ねてきたおかげで
ゲストの皆様それぞれの経験やそれまでの発言を踏まえて
言葉をつなげることができたのではないかと思っています。

これからの社会で宴が担えるのは「和」「輪」を生む力、
それを望むかは個々人によるが、
ただ食べるだけでなく、その力を自分自身に備える場になるのが「宴」
というまとめでフォーラムは終えさせていただきました。


フォーラム終了後の「酒食饗宴―実践編―」では
伊藤シェフのお店「ルヴェソンヴェール本郷」へ移動し
加賀料理フレンチアレンジと日本酒の実食。
それにマジックショーとジャズ演奏、
文化資源の先生方のトークを交えたM1渾身の宴でした。

60名強の方にご参加いただき、
初めて同士の方をお繋ぎしたり、
お世話になった方にご挨拶したりと大忙しでしたが、
食事をする時間と空間を共にした皆様の笑顔が、
本当に心に残っています。

この10か月、リーダーとして頑張ってきて良かった、と思いました。


ちなみに当日ゲストとのランチミーティングでお出ししたお弁当がこちら




おなじみ ゆしま扇の「ひびき」です。
食のエキスパートにこちらから食事を出すというのは
冷や汗ものでしたが、皆様美味しいと言ってくださり一安心。

個人的には「鮭の印籠焼き」がヒットでした。
こんなところでも学会お手伝いの経験が生きています。

2014年2月27日木曜日

長野県須坂市『蔵の町並みキャンパス』~他大学の皆さんの発表編~

皆さん、こんにちは!今回初めて投稿させていただきます、小林真理ゼミ四年のA.O.です。
ここまで続いてきた須坂ブログ、最終ランナーです!!(やや出遅れましたが…)
 
これまでの記事、みなさんはどのようにご覧になったでしょうか。須坂のこと、私たちがどのように須坂に関わろうとしているかなど、うまく伝わっていると嬉しいです♪
最終ランナーとして私が報告したいのは、ブログの「~交流会編~」でも紹介されていた他の大学の皆さんの発表についてです。それぞれ素晴らしい絵や(建築の方は設計図だけでなく、「絵」も本当に上手に描かれるんですね!)パワーポイントを用いた発表だったので私が文字でお伝えできるのはわずかですが、そのつもりで読んでいただければと思います。発表の順番など、ブログのトップバッターR.Sさんの記事をご参照ください(今月20日の記事です)。
(以下では主に当日の発表順序に従って記します。残念ながら大雪の影響で欠席された文化学園大学・東京工科大学の皆さんの代理発表については省かせていただきます。)


★長野工業高等専門学校の皆さん★ 
――「蔵の町並み景観に配慮した店舗併用住宅の設計」
長野工業高等専門学校の皆さんは、今回のプロジェクトに向けて蔵の特徴などを調査し、それを活かした店舗兼住宅を設計したそうです。発表ではその中からだんご屋や書店の設計が紹介されました。
設計図が単なる美しい絵にしか見えない私としては、どんな難しい話をされるのかと身構えていたのですが、話の核心は誰もが理解・共感できるものだったように思います。例えば、説明の中には「トイレを入り口付近に設置して利用しやすいようにし、地域に溶け込ませるように工夫した」というものがありました。 蔵の町並みという景観に配慮するというのが今回の事業全体にとってはポイントかもしれませんが、見た目と共に、蔵の町並みという暮らしにマッチする家屋というのが設計者にとっては大きなポイントになったのかもしれませんね。


★長野県短期大学の皆さん★ 
○生活科学科健康栄養専攻 
――「おやき作り体験―郷土食の継承―」
実際に学生が参加して行われたおやき作り体験の様子が紹介されました。須坂は山間部でお米を作れる場が限られているため、おやきは各地で見られるそうです。

――「ガーナ 須坂を行く―パワーポイントで作成したアニメを用いた食育の試み―」
発表者の方が、自作のとても可愛らしい「ガーナ」ちゃんのアニメーションにマイクでナレーションを入れながら見せてくださいました。おやきはもちろん、アニメーションに登場するのはどれも須坂の名物・名所になっていて、須坂全体の素晴らしいPRになっていると思いました!

○生活科学科生活環境専攻
――「須坂駅前の景観まちづくりと活性化に関する調査―須坂の魅力を伝える案内人の誕生―」
須坂の駅前のバス停留所や市内のベンチなど具体的な場所・ものを取り上げ、その改善案について発表されていました。たとえば、ささくれたベンチでは誰も座りたがらないような場所となってしまうので、整備するのがよいというお話しがありました。
これは東大チームの「住みやすい都市須坂」という構想に共通するところがあると思います。私は発表を聞きながら、「整備されている」ということの意味合いは「心地よさ」「住みやすさ」ということとのバランスを取るのが案外難しいのかもしれない、などと考えていました。


★清泉女学院大学の皆さん★
――「駅からハイキングプロジェクト」の報告
清泉女学院大学の皆さんは、大雪の影響で順番を遅らせての発表となりました。発表の時には会場の左奥の壁沿いに女学生の皆さんがずらり!驚きました。
皆さんは、「蔵の町並みキャンパス事業には平成20年度からの参加、23年度からはJRの、駅からハイキングという企画の枠組み内で、須坂を題材にハイキングコースを考え、実際に運営することをしています。」…W.Sさんの簡潔明瞭な記事から引用させてもらいました笑
具体的な発表内容で素晴らしいと思ったのは、「市民歌に沿った街歩き」というコース案です。市民歌の歌詞を須坂でのハイキングコースに沿わせるようにし、具体的な地名や場所の目印の名称がちりばめられていました。これなら歌を口ずさみながら楽しいハイキングが出来そうですよね♪画期的なアイディアだと思いました。


★信州大学工学部建築学科の皆さん★
――「街区の再生」
「街区・路地・須坂」「たまり空間の創出」「共存という再生」というテーマで3名の方が交代で発表されました。 「再生」というのは私が参加していた「持続可能な須坂」班の”あるものを活かして”というコンセプトに通じるものがあると感じます。初めの方の、わざと路地を創り出すというアイディアはとても面白いと思いましたが、これも片側のみに建物がある場所の反対側にも建物を作ることで建物に挟まれた道をつくるという具合に、あくまでも「再生」のなかで行われるのですね。
路地って建物に挟まれた場所にできるんですね。当たり前かもしれないですが、妙に納得して聞いてしまいました。


――「民家の再生」
発表の冒頭で説明された担当教官の方によれば、民家の再生に関しては90%がソフト面だとのことでした。美しい景色に加えて日常的な土間の景色を枠の中に取り込むように工夫した設計「切り取る景色」の提案や、現状分析に基づいて民家を学習室・シェアハウスとして再生する設計案、古民家を活かしたサテライトオフィスの提案など、どれも印象的でした。





以上、蔵の町並みキャンパス事業に参加されている他大学の皆さんの発表を簡単に報告いたしました!8日の発表会では、以上の成果発表に続いて信州大学工学部土本研究室の皆さんによる「田中下屋敷調査報告」が行われました(やや専門的でしたので、ここでは割愛)。

発表全体を通して皆さんがこのプロジェクトに非常に精力的に、意気込んで参加しているのを感じ、正直なところ圧倒されてしまいました。具体的に須坂に即して考えられた提案の一つひとつが本当に素晴らしかったです。特に建物の設計については、皆さんが、須坂市民の日常の生活、それこそ一瞬一瞬の視線感覚にまで思いを馳せ、思いやった結果が具現化されたものだと感じました。
ただ、やはり発表の方法については改善のよりがあると感じます。もっと市民に開かれたものにできたらよいのではないでしょうか(例年のことは分りませんが、参観した市民はやはり少なかったように思います…)。建物の提供などの関わりに加え、学生と市民の意見の交換の機会をより積極的に設けることでソフト面での展開にもつながるのではないかと思いました。私が知らないだけでもうされているかもしれませんね。
学生にとっては蔵の町並みというもの自体が素晴らしいキャンパスなのだと思います。もし「町並み」+「キャンパス事業に参加する皆さんの思いやり」+「より広い市民の参加」という足し算が成り立てば、蔵の町並みは須坂のまちづくりのための実践的キャンパスにできるのではないでしょうか。

モンハン…??外国人の方がたくさん乗っていました!
 だいぶ長くなりました。次の須坂の記事はいつになるでしょう…きっと近いうちに!
読んでくださった方、心からありがとうございました。

長野県須坂市『蔵の町並みキャンパス』~東大発表編


 こんにちは!はじめまして!!
 学部ゼミ4年のmacadamiaと申します。今日のブログでは、これまで何回かお伝えしてきた「蔵の町並みキャンパス」の、東大の発表内容について書きたいと思います。

 僕たちの発表のテーマは『須坂市文化芸術振興ビジョンの育て方』でした。僕たちは5つのグループに分かれて、それぞれのグループで須坂市の文化芸術振興ビジョンを実現させるための提案を考え、発表することにしました。

 須坂市文化芸術振興ビジョンとは、須坂市の文化芸術政策の基本方針を打ち出したものです。
 大まかにその内容をまとめます。現在須坂にある歴史的・文化的な資源を活用することが軸のひとつとなっています。そしてもうひとつの軸は、活動を行う市民や団体どうしや、観光客、そして市(行政)とが連携し、ネットワーク化を図ることです。これをビジョンは「ゆるやかな連携」と呼んでいます。活用とネットワーク化によって、継続的に発展する須坂を創り上げることをゴールとしています。
 PDFでダウンロードもできるので、ぜひご覧ください!→http://www.city.suzaka.nagano.jp/files/pdf/bunka_bijyon.pdf

 どのグループも、このビジョンに関連した提案をしています。以下が、その5つのグループの提案の要旨です。
 (ちなみに、写真はmacadamiaが撮影したものです。ブレブレです。。プ、プライバシーの保護のためです…)


①須坂市文化芸術振興ビジョンの育て方
―市民が評価し、皆で創り上げるビジョンへ―

 須坂市の文化政策の指針となっている文化芸術振興ビジョン。しかし、市民がその策定に十分に関われていないばかりか、知られてもいないようなのです。また、文化政策を評価するしくみもありません。これらの問題を解決するために、ビジョンの評価基準を市民の方々に作成していただくことを提案しました。市民の方々にビジョンを理解していただくとともに、ビジョンに市民の意見を反映させ、行政・市民・活動団体が一体となって須坂の文化を発展させることを提案しました。



②今日は須坂の日
―須坂の人が、須坂でくつろげる場を創出するために、蔵のまち観光交流センターをカフェにする―

 ボルドーのまちづくりの考え方によれば、都市のなかにくつろげる場を増やすことで市民はその都市を愛し始めるようになるといいます。くつろぐ場として、誰かがそこにいてくれて、自分のしたいことができる場所がいいと考えます。そこでこのグループは、家っぽさのあるカフェを提案しました。そのカフェは、須坂の中心部にある蔵のまち観光交流センターを活用して、市民のための場につくりかえます。そして人を集めるきっかけとして、ワークショップなどのイベントを行います。
 短いフレーズを重ねたり、写真を効果的に使ったりして、キャッチーで印象的な発表に感じました!



③「持続可能な須坂」を目指して
―Facebookでつながりを作る―

 インターネット上の須坂関連サイトとしては、「いけいけ須坂」のFacebookページがあります。しかしその“いいね!”の数は174(発表時)と多くありません。“いいね!”の数はまちの魅力と相関関係にあります。Facebookへの“いいね!”を増やすことで、須坂の魅力に気づくことができるでしょう。例えば、蔵の町並みキャンパス事業のFacebookグループを作って、情報の共有を継続的に行うことができます。
 発表者のK君がプレゼン慣れしていて、とてもよかったです。発表後に拍手が起こりました。笑
 今Facbookを見たら、“いいね!”が187になってました。みなさんもhttps://www.facebook.com/suzakacityにアクセス!
 




④住みやすい都市須坂へ
―須坂の文化を醸成するためにアートプロジェクトやオペラワークショップを活用する―

 文化を用いて住み良い街にすることを目標に、子育て層をターゲットにした提案を考えました。市民への調査によれば、活気のなさや汚さを解消することが求められています。そこで汚さの解決策として、幼稚園や小学校の子どもたちに動物園をきれいにしてもらい、それを文化芸術の場にもする、ピカフェスという清掃イベントを提案しました。また、地域住民からボランティアを募って子どもが集える場を提供し、活気を生み出すことも考えました。
 須坂の動物園にあった飾りに対する、「汚い!」という率直な感想がインパクト大きかったです。



⑤新しいスザカを考える会
―「緩やかな連携の構築」と「人と場所をつなぐ」アイデアを生み出すプロセスの創設―

 文化芸術に関わる活動や団体は、例えばNEXT須坂http://www.kuramachinavi.jp/がカッタカタ祭りや街歩きを企画していたり、他にも蔵の朝市や信州岩波講座が行われたりと、実はたくさんあります。それらの団体や場所をつなぐこと、つまり「緩やかな連携」が必要なのです。そこで市民会議を開設し、顔合わせや講座やセミナーの実施、企画の評価といった過程を繰り返すなかで「緩やかな連携」が築けると考えました。最終的にはその過程で市民プロデューサーを育て、「市民が市民を巻き込む」ことを狙いとしています。
 単に場を作るだけでなく、プロセスを提案するというのがいいですよね。発表前に雪によるハプニングがありましたが、しっかり発表しました。



 僕は①のグループでしたが、なかなかプレゼンを作り上げるというのは大変なことだと痛感させられました。何度も何度もゼミでリハーサルを行い、ゼミのみんなや先生からのやさしくも厳しいコメントをボコボコ受けながら、どのグループも提案をブラッシュアップさせていきました。迷宮入りやお蔵入りになったアイディアたちもありましたが、すごく練り上げられた発表になったのではないかと思います。
 そうした思いもあって、発表会後の交流会で市長さんに「僕らの提案は実現してくださるんですか!!??」と聞いてみました。ビビりながらも果敢なアタックです。
 …報告書を見てから判断してくださるそうです。なるほど。

 ゼミのみんな、報告書がんばりましょう。笑




 ちなみに、帰りは大雪だったので、僕は善光寺近くの旅館に泊まりました。長野灯明祭りが行われていて、ライトアップされた善光寺と雪景色と灯明の光が、泥酔した心に沁み入りました。。



 では。


 

2014年2月24日月曜日

須坂探検
















学部3年のJです。
これまでの投稿にあったように、小林ゼミは2月8日に長野県須坂市の蔵の町並みキャンパス事業の発表会に参加しました。
発表会に先立って、私は前日に須坂に入り、現地を探検して回りました。
少しばかり、そこでの発見をご紹介します。

1. お洒落な須坂
以前須坂を訪れたのは夏合宿の時でした。その時は文化施設を中心に巡りましたが、ゼミ生から出た感想は「あまりぱっとしない」というもの。お洒落からは遠いイメージでしたが、しかし須坂にもお洒落な場所がありました。

・ゲストハウス蔵
今回宿泊したのがここ。古民家を改装したゲストハウスで、とても落ち着きます。これぞ蔵の町並みといった感じ。若い女性オーナーさんからは、須坂のお洒落な店を色々と教えてもらったり、夜遅くまで須坂のまちづくりについて話してもらったりと、大変お世話になりました。彼女は元日本語教師だそうで、語学堪能。外国人宿泊客が多く訪れるそうです。

・EIGHTDAYS
クラシック美術館の隣にあるセレクトショップ。通りに沿ってガラス張りになっているお店には、洋服や雑貨が美しく並べられていました。長野県全域からコアなファンが訪れるらしい。

・ヤンネ
少し路地に入ると見つかる、可愛らしい雑貨屋さん。須坂発のオリジナル雑貨を販売しています。私が伺った時には、お店の方がソファに座りながら雑貨の制作中でした。素敵なデザインのものが多くて、私も何点か購入しました。


2. おいしい須坂
夏に須坂で食べた料理は、THE伝統、THE田舎料理、みたいなものが多かったのですが、今風においしいものもたくさんあるようです。

・あがれ屋















お蕎麦屋さん。囲炉裏が切ってある店内で、店主が畑で育てた十割そばを食べられます。
つゆではなく水につける水蕎麦は、蕎麦の香りや味が豊かに伝わってきました。

・il vico
隠れ家的イタリアン。家屋にまぎれて見つからず、たまたま通りかかった人に場所を教えてもらいました(ありがとうございました)。前菜・パスタ・ドリンクで1000円のランチは本格的です。


3. 車社会の須坂
お洒落な店やおいしい店もある須坂ですが、しかし歩き回って一番印象に残ったのが、この地が車社会だということでした。















ゲストハウス蔵をはじめとする、日本家屋が立ち並んでいる通りは国道沿い。歩道は狭く、車の往来は多くて、とても落ち着いて建物を見たり散策したりする雰囲気ではありません。観光の中心地であるはずの蔵の町並みも、目の前は車道。私が歩いている時には、教習車が通り過ぎて行きました。観光客が自由に歩き回ることはできないだろうなというのが、正直な印象です。
















そして、車社会だからこそ、鉄道の駅周辺は衰退しています。事前調査でそのことは把握していましたが、いざ行ってみると「本当になにもないな」という思いが沸き起こりました。


4. 雪の須坂
















ゲストハウスで一泊した翌朝、発表会当日は大変な雪でした。雪が降る地域で暮らしたことがないので、はじめて雪かきをしました。これは楽しかったですが、しかし、雪の中を会場まで歩いていくのは一苦労。キャリーケースを転がすこともできず、もってきた意味がありませんでした。


















今回須坂を自分の足で歩いたことで、調べ物をしたり、車で施設を巡ったりするだけでは得られない、土地勘が少しついたように思います。このナマの体験を、次年度も須坂に関わっていくなかで活かせればと思います。

長野県須坂市『蔵の町並みキャンパス』~交流会編

小林真理ゼミ所属、3年生のW.Sです。
前の記事では「蔵の町並みキャンパス事業」や、舞台となる須坂市の紹介がされました。私は「蔵の町並みキャンパス成果発表会」終了後の交流会について書きます!

実は発表会前日から須坂にある素敵なゲストハウスに前泊したり、ものすごい雪の中で須坂市内を移動したりと、いろいろ印象深いことはありますが、それはまた別の機会に^ ^

成果発表会終了後、そのまま同じ階の交流会会場に移動しました。ちなみにこの交流会会場には各校の成果物が展示されていました。

農業が盛んな須坂らしい、ワインや郷土食がテーブルに並びます。成果発表会には参加できなかった須坂市の市長さんが急遽駆けつけ、乾杯の音頭をとってくださいました。

テーブルの上はこんな感じ。



特に私が推したい食べ物を取り上げましょう!!

まずは須坂名物おやき(画面左下の2皿ですね)。「おやきは小麦粉の皮で野菜やあんこなどの具を包んだもの」(https://www.suzaka.ne.jp/oyaki/)。地域によっては「おやき」といっても焼いてはいないものが主流のところがあり、須坂のおやきも、焼いていない、ふっくらおやき。菜の花あんのものが個人的にはお気に入りです。

もうひとつ、みそすきあんぱん(おやき2皿の上、巻き寿司の右にあるもの)。これは発表会終了後にいただいて帰って、翌日新幹線の中で食べたのですが、大雪で乱れた交通網や歩きにくい道路などで疲れ果てた体に染み渡るすばらしい美味しさでした。そもそも須坂には「みそすき丼」という名物があるのですが(詳しくはこちらhttp://www.city.suzaka.nagano.jp/enjoy/kankou/miso/misosuki.php)、何やら須坂にある高校が関わってパンにアレンジされた様子。もうウマー(゜Д゜)!!!なのですよ。全国で発売されたりしないのでしょうか。

さて、せっかくなので、他校の参加者のみなさんに突撃取材してみました。余談ですが、食べて飲んでとにぎやかな会場の中で筆記用具片手にお話うかがえますかなどと声をかけていたのが私だけだったので、何回か須坂市の職員に間違われました笑

まずは信州大学工学部建築学科3年のみなさん。信大建築学科は蔵の町並みキャンパス事業開始当時から関わっています。発表会については、「長かった」という声もありましたが、いろいろな学校の発表が聞けてよかったとの声も聞かれました。信大建築学科の今年度の取り組みについては、「(課題をこなすために)10月から10回以上須坂に来た」「週1で須坂に来た」「学生全員に対して課題が2種類あり、ひとつにつき7週間取り組んだ」とのこと。「3年から4年に進級する人はもう蔵の町並みキャンパス事業に関わらない」そうです。ちなみに「たまたま今回留学生が多い(ケニア、モンゴル、中国、ベトナム)」とのこと。信大建築学科、国際的!

お次は清泉女学院大学のみなさん。蔵の町並みキャンパス事業には平成20年度からの参加、23年度からはJRの、駅からハイキングという企画の枠組み内で、須坂を題材にハイキングコースを考え、実際に運営することをしています。「(実施した)ハイキングは都会の人も長野の人も来る」そうですが、やはり「2年から3年と進級する人はやめちゃう」そうで、最初どのようにJRと関わることになったのかは聞けませんでした。実は基礎英語演習という講義の枠内での取り組みだそうですが、英語はほとんど使わなかったとか。発表会については、他の学校の発表も聞けていいという感想がこちらでも聞かれました。

長野工業高等専門学校も早い段階からの参加校ですが、今までとは違って今年度からは必修の授業の中で、須坂市と関わることになったそうです。発表会について、「オーディエンスがあんなに多いとは思わなかった」「トップバッターで緊張した(注 当日は大雪の影響で発表順が変わり、急きょ長野高専のみなさんがトップバッターに)」といった感想がありました。長野高専の先生の方にもお話を聞けたのですが、東大の発表については、学生らしくズバズバ言っていいのではないか、実際に市民を動かすところまで行くといいね、とおっしゃっていました。

長野県短期大学生活科学科生活環境専攻の発表は、実際に関わった20数名の学生から選抜された2人が行なっていたそうで、お話を聞いた時にはやるべきことを果たして発表者はかなりホッとした様子でした。ちなみにうち1人は須坂在住とのこと。
長野県短期大学は他の学科やゼミも蔵の町並みキャンパス事業にさまざまなかたちで関わっていて、成果発表会では学生たちのおやき作り体験について先生が発表していました。前述のおやきの話はこの先生のお話を参考にしています^ ^


さてさて、今年度初めて学部に小林先生がゼミを開き、そして初めて須坂市に関わり、かつ3年生の私は初めて本格的にゼミに参加するということで、初めてだらけでした。須坂市に夏合宿で行き、その後いろいろと調べ、蔵の町並みキャンパス成果発表会に参加し、交流会では他校の取り組みについても少しだけかもしれませんが理解を深められました。来年度も須坂市に関われると思うので、今年の経験をきっちり生かして、地に足つけてじっくり活動したいなという抱負を語って、交流会編は終わりとしたいと思います!お読みいただき、ありがとうございました!