2015年6月25日木曜日

ここにはドラキュラ以外に何があるか?

先日九日間のルーマニア旅行より帰ってきました。主な目的はヨーロッパ三大演劇祭の一つであるシビウ国際演劇祭で、こちらでは七日間に16公演というお祭り騒ぎを満喫したのでいいのですが、今日は首都ブカレストについて書きます。
元々この街はシビウ(首都よりバスで四時間半)に行くための中継地としてしか考えておらず、特に見学したい場所もありませんでした。というより、知り合いの東欧研究者が「私にとってもルーマニアとブルガリアは東欧の秘境」と言っていたのと似て、この地に関して何も知らなかったからだと思います。
唯一『世界の美しい書店』という本で紹介されていた本屋が旧市街にあるらしいので行ってみようとそこへ足を運んだ際、本屋近くのギャラリーでこの街が2021年度の欧州文化首都選定を目指していることを知りました。ギャラリーには昔の都市生活を伝える白黒写真や部屋いっぱいに広げられた航空写真があり、色とりどりのシールを張り付けてありました。シールは色別に学校や教会、公園の位置を示し、さらには”best buildings” “worst buildings” “buildings with unused potential”の項目もありました。住民自らが街の長所短所を掘り起こす作業といえます。
そのギャラリーにて、明日から関連イベントが開催されると聞いたのでシビウへの移動前に行ってみたところ、朝10時だったためにブース(ルーマニアのデザイナーによるTシャツ販売や地球温暖化対策の紹介)のほとんどは開店前の状態でした。その代わり、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した建築家であるIon Mncuの邸宅の内部紹介をやっているから来てみませんかとボランティアらしき人に誘われ中へ。長らく放置されていた建物を2003-12年の間に修復し、一般公開を始めたとのこと。今でこそ壁画と対になった天井画や当時の重厚感ある家具が印象的な落ち着いた空間でしたが、修復前の荒れ果てた様子も写真で紹介され、天井の一部をあえて塗装し直さずに、修復前後の状態を見比べられるようにしている箇所もありました。ボランティアの方は英語で説明してくださったものの、展示説明やチラシは全てルーマニア語のみだったので、これはかつてブカレストにはこんなに美しい場所があった、と地元の方にまず知ってもらうための活動だと判断しました。
 
演劇祭を後にして、再びブカレストにやってきた旅行最終日。この街で一番の観光名所はチャウシェスク政権時代に着工が開始した国民の館(現国会議事堂)、ペンタゴンに次ぐ世界第二の大きさを誇る巨大建築物です。社会主義国にこのような権威主義むき出しの建築物が建つこと自体はさほど珍しくもありませんが、着工時期は1980年代だと知ってびっくり。他の国では社会主義というシステム自体がぐらつき始めていたというのに、ルーマニア政府にはこれだけの物を建てる力があった、というよりそれだけ強い権力者がいたということ。

とにかくその大きさを体感してみようと敷地周辺をひたすら歩き始めたところ、国立現代美術館のポスターを発見。こうした建物には部屋が何千とあるでしょうから、その一部を政治以外の目的に使っているようです。ルーマニアの芸術と聞いて何一つ思いつかなかったこともあり、10時の開館を待って入ってみることにしました。門から約500m進んで見えてきた美術館は、広大な建物の中でそこだけかなり印象が違いました(右写真)
 
5階建ての施設では各階に別々の展覧会があり、国立芸術大学創立150周年記念展や、国外に移住したアーティストの作品展など色々興味深く拝見しましたが、ここでは一番印象に残ったLet's Play Architecture展について書きます。学校と連動して、建築家たちが子供たちに街について考えてもらう授業を行い、その成果が展示されていました。レゴブロックや色紙などで作られたカラフルな街の模型がいくつも並べられていたほか、他の都市について調べた班もいたようで、ニューヨークやベルリンに混じって東京も紹介されていました。ここで中世都市として“調査対象”に選ばれるあたりはさすがシビウ。言ってみれば小学校の図画工作を展示しているだけなのですが、それがこの街では大きな意味を持ちます。子供たちに「どんな街になったら楽しい?」という問いを考える機会を設けることが重要になるほどに、ブカレストは暮らしていくのがとてもしんどい街に思えたのです。
多くの国が比較的穏健に体制転換を成し遂げた東欧革命の中にあって、ルーマニアは唯一、反体制側にも多大な犠牲を出しつつ、最終的には元大統領夫妻の公開処刑という暴力的手段をもって民主主義化しました。そんな歴史を持つ国がわずか20数年程度で上手く軌道に乗ることは難しいだろう、と旅行前から漠然と思っていたことではありました。実際にブカレスト中心部を歩いて、ここは都市計画からして何かが上手く行かなかった印象を持ちました。歩きたい(あるいは私の場合、走りたい)という気持ちが起きにくいのです。公園でも木が密集していて広場らしきものはなく、開けた空間というものが見当たりません。唯一の例外が皮肉にも国民の館付近で、ここだけはその巨大な建物が遠くからでも見えるように、周囲の視界を遮るものがありませんでした。どの旅行案内書にもある通り、道を平然と野良犬がうろついていることも街に繰り出したくなくなる一因(ただし犬はシビウにもいて、両都市ともに彼らは犬というよりは野良猫のように「可愛がられて」いました)。
 
たとえ街に見るべき場所があるにしても圧倒的に紹介が足りない。あんなに充実した美術館も偶然発見したのであって、どの案内にも書いてありませんでした。普通の観光客なら国民の館ツアーに参加しただけで帰ってしまうでしょう。
 
姉妹都市であるルクセンブルクとともに2007年の時点で欧州文化首都に選定された実績を持つシビウと、これから選定を目指しているブカレストとでは大きな差を感じました。かたや中世からの建築物が残る小都市、かたや近代的で国内で最も多くの人口を抱える首都なので単純な比較は難しいですが、どちらの都市にいた方が楽しいかと聞かれれば多くの人が前者を選ぶでしょう。もはやシビウは文化首都に頼らずとも、毎年各国から人が集まる演劇祭で盛り上がるだけの力があり、その期間外であってもスポーツや文化事業が充実している。むしろ文化首都選定が大きな意味を持つことをシビウの例から知っているからこそ、ブカレストも本腰を入れ始めたのでしょう。ただ、現状からして選定への道のりはかなり厳しいと思われます。
 
わずか数日の滞在で一都市の良し悪しを判断するのは不可能です。日本人の間ではショパンのイメージが強い(というかそれしかない)ワルシャワが、それこそ多くのpotentialを秘めた場所であると気付くのに私自身一年かかりました。
どの都市でもそれぞれの状況下で模索を続ける人がいる。そしてそれはブカレストでも同じだった。月並みですが、これを一応の結論として報告を終わります。
(N.N.)

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