まず、劇場内を見学させて頂くにあたり注意すべきことについて、劇場の方からお話があります。舞台機構は、慣れない人にとっては非常に危険な場合があること。衣装や小道具、照明器具などには手を触れないこと。普段は素人が立ち入ることのできない場所を見学させて頂くのだということを実感し、身が引き締まります。
ロビーから最初に向かったのは、天井の高い、広々とした空間でした。黒いコンテナがいくつも積み重ねられており、そのまま天井を見上げると、クレーンのような不思議な装置が吊り下げられています。ここは、舞台装置の搬入口で、(教えて頂くまで気がつきませんでしたが)私たちの背後にあった壁は実は開閉式で、運送用のトラックが直接出入りできる仕組みになっているのだそうです。新国立劇場で使用される舞台装置は、劇場内ではなく別の場所で保管されており、必要な際にはコンテナに積まれて運ばれてくるのだとか。天井の高さに惑わされていましたが、よく見ると部屋の左右に扉があることが分かります。見学者の私たちから見て左手がオペラ劇場、右手が中劇場で、この搬入口で簡単に組み立てられた舞台装置が、それぞれの劇場に運び込まれるのだそうです。ここから二手に分かれ、私のいたB班は、まずは中劇場から案内して頂くことになりました。
中劇場では、現在『サロメ』というお芝居を上演中です。薄暗い入り口を抜けると、壁が黒く塗られた部屋の中に、真っ白な舞台装置や小道具が秩序正しく並べられています。上手から客席側に回ると、舞台装置の全容が姿をあらわしました。中劇場は、いわゆるプロセニアム・アーチ、すなわち額縁のように周囲を柱で囲われた舞台なのですが、客席を一部撤去することで、観客側に張り出すような舞台が作られています。実際にどんな舞台装置であったのか、見たものをそのまま言葉で表現するのはとても難しいのですが…とにかく、照明等の効果がなく、役者さんが誰ひとり舞台に立っていなくとも、思わず圧倒されるような装置でした。ここでは詳細に書きませんが、この舞台装置は、普通の舞台では(特殊な演出を除き)あまり使われない「あるもの」を実に効果的に利用しています。通常ならば、舞台上に持ち込むことすら許されない「それ」を使用するために、どのような技術が用いられているのか…そんな裏話も伺うことができました。気になる方は、ぜひとも実際の上演に足を運んでみてください。
◆『サロメ』
2012年5月31日(木)~6月17日(日) @新国立劇場・中劇場
続いて、もう少し規模の小さな劇場へと向かいます。暗い通路から足を踏み入れたところ、突如目の前に客席が開けており、思わずびっくりしました。ここは、可動式の客席を持ち、演出に合わせて様々な空間を作り出すことのできるスペースです。壁はどんな上演にも合う黒一色に塗られており、空間全体の密度がぐっと濃縮されているようです。技術の方のお話を聞いている間、自分では客席に立っていたつもりだったのですが、足元の床が実はせりになっており、空間設計によっては舞台にもなるのだというお話が出て、思わず足元を見返してしまいました。後に頂いた劇場のシーズンガイドによれば、いわゆる客席対舞台の「エンドステージ」、客席の中に舞台の一部が張り出す「スラストステージ」、舞台を向かい合わせの客席で囲む「センターステージ」、舞台の四方を客席で囲む「アリーナステージ」など、多様な使い方ができるのが小劇場の魅力であるようです。このような例えが正しいかどうかは分かりませんが、まるでサーカスのテントやアングラ劇場のように、何かが起こりそうな“わくわく感”を感じさせる空間でした。
◆『温室』
2012年6月26日(火)~7月16日(月) @新国立劇場・小劇場
さて、最後はいよいよ、新国立劇場の中で最大規模にして、国内唯一のオペラ・バレエ専用劇場でもある、オペラ劇場(オペラパレス)です。ちょうどステージの裏手から入ったのですが、いきなり眼前に現れたのは、天井まで届くほどの、巨大な白い壁面でした。これは、現在上演中のオペラ『ローエングリン』のための装置だそうです。ここでも、上演の際に多くの観客から反響があったという、ある効果の秘密が明かされました。その内容はここでは伏せますが、一言で感想を申し上げると「どうしたらこんなことを思いつくんだろう…!」ということです。技術も、発想も、まさしくプロの仕事でした。
続いて、何やらおもしろそうな謎の巨大装置の横を通り過ぎ、上手舞台の側に回ります。劇場の方に伺ったお話ですが、中劇場とオペラ劇場では、中央の舞台面の奥と上手下手に、それぞれ同じサイズの舞台が設けられています。そのことで、大型の舞台装置の出し入れや、せりを利用した大規模な舞台転換が可能になるそうです。袖から見上げると、舞台の上の天井が、想像よりもはるかに高いことが分かります。吊り下げるタイプの装置を、完全に観客に見えない位置まで引き上げるために、実際の舞台面の高さよりも、さらに2倍の高さが頭上にあるのだとか。足元も実は同様で、せりで舞台装置を転換する際に、その装置の一番高い部分が客席から見えない状態にしなければならないため、舞台の下には「奈落」と呼ばれる数十メートルにも及ぶ空間があります。こうして実際に見ると、私たちが普段見ている舞台面が、いかに実際の舞台の一部でしかないかを思い知らされました。舞台機構のお話は、もはや想像がつかないようなスケールなので、その効果を確かめるにはどうやら実際の上演を見に行く以外になさそうです。
◆オペラ『ローエングリン』
2012年6月1日(金)~6月16日(土) @新国立劇場・オペラパレス
◆バレエ『マノン』
◆バレエ『マノン』
2012年6月23日(土)~7月1日(日) @新国立劇場・オペラパレス
最後に、オペラ劇場の楽屋をぐるっと見学させて頂いたのち、A班・B班共にオペラ劇場の客席で落ち合います。座らせて頂いた席は、1階の中央、すなわち全ての座席の中で、最も舞台がよく見渡せ、最もよく音の響きを感じることのできる特等席です。もちろん「自分にとって一番心地よい席」は観る人によって異なるので、一概に「最上の席」と呼ぶことはできませんが、ともかく、学生の身分ではなかなか座ることのできない席であることは間違いありません。多少緊張しながら腰かけ、改めて舞台面を見直すと、先ほど裏側から見上げたあの装置が、正面に堂々とそびえていました。
ここで、劇場の方々への質疑応答の時間となります。新国立劇場は、開場15周年を迎えるとのことですが、今回案内してくださった方々は、もともと民間の劇場等でお仕事をされており、開場の時から新国立劇場の運営に携わっておられるとのことです。オペラ・バレエ等の豪華な舞台は、民間ではなかなか上演が困難であり、国立の劇場だからこそ質の維持が可能だということ、その一方での経営上の難しさも、率直に教えてくださいました。
質疑応答の中で、劇場の方々が、「我々の仕事は夢を与える仕事」とおっしゃっていたのが、とても印象的でした。舞台の上では、本当に信じられないようなことが次々と起こります。「夢のような」という表現がありますが、私ごときの貧弱な夢など遥かに凌駕するような、壮大な舞台装置、めくるめく照明や音楽、圧巻の身体技術、そして魅惑的な物語の展開に、毎回のように圧倒されて帰路につくことになるのです。今回伺った中では、『サロメ』のラストシーンの、とある演出のお話がとても印象に残っています。目の前で信じがたいことが起こる衝撃…その瞬間を味わいたくて、何度も劇場に足を運んでしまうのかもしれません。『サロメ』に限らず、新国立劇場はとても上質な「その瞬間」を提供してくれる場であるということを、今回の見学を通じて実感しました。
最後に、劇場への敷居を低くする、すてきなプランのご紹介です。
◆アカデミック・プラン
≪アカデミック・プランとは…≫
新国立劇場が、25歳以下の青少年に舞台芸術に親しんでいただくため、様々なサービスを提供する特別優待プランです。会員登録をするとお得な情報がメールで届きます!(登録無料)
≪アカデミック・プラン対象チケット料金≫
オペラ:S・A席(通常20,000円程度)のチケットが、原則として5,000円
バレエ・ダンス・演劇:原則として定価の50%off
http://www.nntt.jac.go.jp/academic
(「アカデミック・プラン」チラシより一部抜粋)
この他にも、残席チケットを特別価格で案内してもらえたり、ゲネ・プロ(最終舞台稽古)に抽選で参加できたりといった特典もあります。私自身も3年ほど前から利用していますが、ホームページにアクセスする手間なく公演情報が得られるので、興味はあるけれど腰が重い…という方にはぴったりです。アカデミック・プラン以外でも、当日券などを利用すれば、思っていたよりもずっと手軽に舞台に触れることができます。劇場の裏側を見学させて頂き、舞台芸術の魅力にますます惹きつけられました。この感動を、もっと多くの方々と一緒に味わいたい、そう感じています。
(mio.o)
0 件のコメント:
コメントを投稿