2012年7月11日水曜日

2012年6月 バーゼルアートフェア、ドクメンタ13とドイツ各地の訪問記 1

6月14日から21日まで1週間、世界最大のアートフェアが行われているスイスのバーゼル、世界で最も有名な現代美術の展覧会の一つであるドクメンタが行われているドイツのカッセルなど、6都市を周りました。

視覚美術を中心に見てきたこの旅を何回かにわけて、文化経営的な視点からの話を織り交ぜつつ、日記風に振り返っていきたいと思います。(TS)

<初日>

羽田発深夜と航空券

今回、自分にとっては3度目のドイツです。過去2回はルフトハンザ航空のコペンハーゲン経由の便で行ったのですが、今回の旅では初めてドイツ国内への直行便を使いました。

選んだのは、羽田空港を深夜1時に出るフランクフルト行きANA機。海外に行くときによく使う格安航空券サイトや馴染みの個人代理店の方のつても当たりましたが、結局、ANAのマイレージ会員向け直販サイトから購入しました。

その理由は、いわゆる往復券ではなく、到着空港と出発空港を分けることができるチケットを、時間も座席も指定して買うことができ、しかも安いというのがANAのそのサービスだけだったから。オンライン購入したのもPCの画面ではなく、iPadのANAアプリ上。キーボードすら叩くことなく、マウスクリックすらなく、タッチですべて完結。時代も変わったものです。

もちろんもっと安い行き方もあるのでしょうが、旅費は往復でサーチャージ込で一人頭15万円程度で、機材は最新のボーイング787というのも魅力的でした。

787の機内

家人と2人連れでしたが、787は中型機のため窓側のシートが2列のところが多く、エコノミーの最後列で気兼ねなく過ごすことができました。またLEDの美しい間接照明と客室内加湿器はリラックス感を作り出し、少し広めのシートピッチも快適。モニターもオンデマンドのビデオプログラムが大量に用意されていて楽しく、さすがに日本人向けのアメニティがよく反映されている感じでした。

一方で弱点もありました。窓にシャッターがなく、夏至近くの白夜の際を飛び続けるときに水平に直射日光が入ってくるのです。最新機能とはいえ、ボタンによる窓のスモークの濃淡調整機能では防ぎきれず、「アテンダントがゴムのシートを窓際の客に配って1枚1枚貼ってもらう(しかも油断するとすぐ剥がれて張り直しになる)」という、ややスマートさを欠いた対応になってしまっていました。

とはいえ、深夜発で早朝着となるため、その後時差ボケも普段より少しは少ないように感じました。まあ、ヨーロッパの場合は特に帰国してからがつらいのですが…。

フランクフルト

私にとってフランクフルトはヨーロッパ中央銀行の所在地と現代美術の街という印象が強いです。

5年前、ドクメンタ12とミュンスターのスカルプチャープロジェクトを目当てに訪独した中途に訪れた際には、ショートケーキ型のフランクフルト現代美術館でティノ・セーガルの「It’s so contemporary」を体験したり、マイン川にかかる橋脚上の画廊Portikusなどを見ました。中央駅前の治安は少し不安なものの、もっと知りたい街です。近年ではフランクフルト大学が街の中央のキャンパスに多くの文化施設を集積するプランを打ち出して都市の文化力をアピールしようとしているとも聞きます。

で、前回はマイン川の南の博物館エリアや近郊のマインツには行けなかったこともあり、今回予定を工夫して行きたかったのですが、結局、バーゼルでより多くの展示を見ようと考え、やや心残りですが、フランクフルトはパスしました。

バーゼルへの移動

フランクフルト空港のターミナルには朝5時40分頃に着陸しましたが、その10分後に駅を出るICEにはさすがに乗れず、1本遅い6時50分発のスイス方面へのICEで、一路バーゼルへ。

今回はジャーマンレイルパスというドイツ国内で使える特急券付きの乗り放題チケットを利用しました。ドイツ国内といっても、今日行くバーゼルなど、いくつかの隣接する他国の街まで利用可能なところがメリットです。 今回はバーゼル以外はドイツを巡る予定であったので、インターナショナルのレールパスは買わず、ドイツ鉄道のパスのみで済ませることができました。

途中マンハイムやカールスルーエ、フライブルク等に停車しながら列車は進んでいきます。さすがに早朝なので2等席は空いていて、途中から指定券を持って入ってくる人も少ない様子。

実は初日の夜はフライブルクに宿泊予定だったので、もし座れないようなら宿に荷物を預けるために一度下りようと考えていましたが、到着が遅れてはもったいない、バーゼルにもコインロッカーくらいあるだろうとそのまま3時間少し乗り続けました。

そしてライン川東岸側のターミナル駅である、Basel Bad駅に到着しました。

バーゼル駅の落とし穴

バーゼルは人口約17万人で、チューリヒに続くスイス第2の都市です。スイス・フランスの国境の街であり、ドイツとの国境も近いこの街は、歴史の交差点とも言えるでしょう。ライン川を挟んで2つの大きな駅があり、北西岸側には先ほど下りたBaselBad駅、南東岸側にはスイス鉄道のバーゼル駅、そしてフランス鉄道のバーゼル駅もあります。

さて、早速荷物をコインロッカーに預けようとすると、そこに落とし穴が待っていました。ヨーロッパの先進国では、支払いにほぼ現金を使わずにカードだけで何とかなることが多いのですが、安い食料雑貨店(主に中近東•北アフリカの人たちがやっている)と屋台では現金も必要です。それで、Euroの小銭は持っていたのですが、Basel Bad駅のロッカーではスイスフランの現金しか使えなかったのです!

それで、慌てて隣のTravelex(両替商チェーン)に駆け込んで10EuroをCHFに両替しましたが、後から考えればユーロ札で駅の食料品店で買い物しておつりをスイスフランでもらえば良かったような…。その後もせっかく両替した硬貨を不調のロッカーに吸われたりしてバタバタしながらも、駅前からトラムに乗り込みました。

バイエラー美術館

最初に向かったバイエラー美術館(リンクは公式サイト)は、2010年5月2日に他界した、敏腕美術商・バイエラー夫妻の個人コレクションをベースにした美術館です。一部では医薬品の「バイエル」ブランドと関係あると思っている向きもいらっしゃいますが、実は全く関係ありません。

美術商であり、個人のコレクターであったバイエラー氏は、元々ごく普通の家庭に生まれ、古美術商の下で働く傍ら、経済や美術史の勉強に励み、その後敏腕ディーラーとして世界に名を馳せるまでになった人物だそうです(詳細はこちらを参照)。

また、バイエラー美術館を運営するバイエラー財団を設立したのはそのバイエラー氏ではありません。バイエラー夫妻の友人であった、スイスの国際的な外科医療機器メーカーのSynthes社の経営に30年以上携わった名経営者であり億万長者の篤志家として知られる、Hansjoerg Wyss氏(経歴はこちらを参照)が、バイエラー夫妻のコレクションを一般に公開するために設立したのです。

建物も、当然ですが世界的有名建築家の手によるもの。パリのポンピドゥーセンターや日本の関空で知られるレンゾ・ピアノの設計です。平屋に自然光をふんだんに取り入れたほどよい天井高のホワイトキューブの展示室を中心に、地下にも映像スペースや修復工房などを配しています。

ジェフ・クーンズ展

今回はアートフェアに合わせる時期に、2つの個展が開かれていました。1つはネオポップ(ポストポップ)の巨匠とされる、ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)です。専業アーティストになる前にはMoMAで会員集めの仕事や、ウォール・ストリートで商品仲買人をして生計を立てていたりした(こちらを参照)クーンズは、一見ビジネスマンのようなスーツ姿の風采でも知られています。世の中に存在する様々な商品そのもののレディ・メイドやそこから発展したイメージを職人に作らせ、またイメージコンサルタントを雇ったり、イタリアの元ポルノ女優で一時は国会議員となったチチョリーナと結婚していたこともあるなど、作品そのものだけではなく、「アーティスト」のイメージと自分の作家活動の距離感そのものに気を配ってきた美術家の代表格といえます。

観客は、美術館の敷地の門をくぐると、美術館の建物よりも先に、美しい芝生の中に、植栽に覆われた彼の巨大なオブジェ(ビルバオの「パピー」に似た、顔の中央で左右別々のキャラクターが繋がった「Split Rocker」)が屹立しているのを否が応でも目にすることになります。

美術館の裏側も素晴らしいとしか言いようのない美しい景色なのですが、その中に、キッチュとしか言いようがない、アニメーションキャラクターじみた、しかし誰がどう見ても大変な技術とメインテナンスが必要なオブジェが立っているのです。

最も「売れている」存命作家の一人であるクーンズですが、大規模な個展を見るのは初めての経験でした。
見ていて、個々の作品の細部に至る仕上げの素晴らしさとともに、背景に1980年代以降の国際的な「イメージ消費経済」の輪郭が浮かび上がって見ええてきました。
一国単位の生産力・技術力を超えた流通システムへの依存とスピード感という点で、それまでの商品経済と明らかに一線を画し、新次元のスピードと国際的な波及力により資本主義下の消費者のパワーが共通言語となっていく過程で必然的に現れたその感覚は、のちの「グローバル経済」という言葉に一定の確からしさを付与させた要因でもあるのかもしれません。
そうした背景が透けて見えるクーンズの作品の展開は、スピードアップの末にイメージの消費が経済を回すようになりつつある、新たな時代への変遷を、極めて自覚的に切り取り、エッジの立った形状として提示することで発展してきたように見えました(見せていました)。

すばらしい空間を存分に生かした優れたキュレーションであったように思います。

展覧会の詳細は、最近出たこちらの記事が良いと思います。

フィリップ・パレーノ展

もう一つ同館でやや小さい規模で行われていたのが、アルジェリア出身でパリを拠点とする、フランス人アーティスト/映画監督のフィリップ・パレーノ(PHILIPPE PARRENO)の個展です。

彼は日本ではドキュメンタリー映画『ジダン 神が愛した男』の監督として一部知られていますが、昨年ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで個展を開くなど、アートの分野でも確立したキャリアを築いています。

パレーノは映像の技術や映像の要素そのものを物理的な介入によって空間上に再現し、同時に解体することを続けている作家です。

今回出展されていた中で分量的に一番多かったのは、映画史に残るアイコンであるマリリン・モンローにまつわるシリーズです。彼女が遺した直筆メモを筆跡再現ロボットによって再制作する映像や、彼女が住んでいたホテルの部屋のセットを作り、彼女の音声とともに環境音・光を再現し、「本人のアイコンなきマリリン・モンロー」を出現させるといったこのプロジェクトは興味深いものでした。

他方で、展示室に面した中庭の蓮が浮かぶ水面に、振動発生装置を使って円形に様々な波紋を出現させる一種のキネティック・アートも作っていて、こちらも印象深かったです。

天気も上々で、気分良くバイエラー美術館を後にしました。

(続く)

1 件のコメント:

  1. 羨ましい限りです。
    ジェフ・クーンズ展見たいです・・・素敵な美術館ですね。
    次の投稿も楽しみにしています!
    (M.O)

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