2013年6月2日日曜日

一級品のニセモノ


続々とあがっているレビューや写真を見ながら、心はヴェネチア滞在中、M.Oです。
とは言え、今回はそんな「アートのオリンピック」に相応しくないきな臭い話を紹介します。
*投稿にあたり登場している人物名について、各言語に特有の発音等がある場合カタカナ表記に誤りがあるかもしれません、ご容赦下さい。

1997-2000年にポンピドゥー・センター近代美術館のディレクターを務めた、ドイツの美術史家でシュルレアリスムの専門家のウェルナー・スパイズ氏(Werner Spies)に対し「マックス・エルンスト(Max Ernst)の『地震』の贋作に対してオーセンティシティを証明した罪」でフランス・ナンテール地裁で5/24に有罪判決が下ったというニュースがありました。
今回の原告であるオランダ人投資家ルイス・レイテンバーフ氏(Louis Reijtenbagh)は、2004年9月22日にジュネーヴに居を構えるフランス人ギャラリスト、ジャック・ドゥ・ラ・ベロディエール氏(Jacques de La Béraudière)からこの『地震』を購入し、その際に作品の真贋評価において参照されたのが、1966年よりエルンストと親交があると自称し、エルンスト作品に関する最高の専門家を自負していたスパイズ氏でした。
事件が明らかになった発端は、 マックス・エルンスト、フェルナン・レジェを含む有名アーティストを装い14点の絵画を偽造(被害額約4500万ドル)した罪で、ドイツ人贋作師ウォルフガング・ベルトラッチ(Wolfgang Beltracchi)に2011年秋に懲役6年の有罪判決が下った事にあります。
この出来事は「戦後ドイツ最大のアートスキャンダル」として大きく報じられましたが、後日ベルトラッチがメディア(Der Spiegel)のインタビューで、50名の作家の1000-2000点もの贋作製作販売という、先の起訴内容を遥かに上回る事実を明らかにしました。被害者の中には、アメリカ人コメディー俳優スティーヴ・マーティン氏(Steve Martin)も含まれており、彼は、2004年にパリのギャラリーからベルトラッチの作ったハインリヒ・カンペンドンク(Heinrich Campendonk)の『馬のいる風景』の贋作を、85万ドル近い金額で購入していた事が報じられました。
ベルトラッチは作品のコピーだけでなく、ある作家のスタイルを真似たオリジナルの作品を主に作っており、彼の「完璧」な贋作は専門家から見ても一級品でしたが、2008年にマックス・エルンストの『森』の贋作から、オリジナルが製作された1927年当時使用されていなかったとされる顔料(白チタン)が発見されたため、贋作が発覚しました。
ドイツの裁判所が全自供と引き換えにベルトラッチの刑期の軽減に動いたのは、他でもなく、あまりにも精巧過ぎるため本人から明らかにされなければ無数の贋作が市場で流通し続けてしまうことへの危惧があったためです。
この一連の騒動の中で、スパイズ氏の問題が浮上した訳です。
ちなみに、彼が1999-2004年の間にエルンストの作品であるとして個人的に認定した7つの作品については現在全てがベルトラッチらの手によるものであるとされていますが、2012年2月に行われたスターン・マガジン(Stern)のインタビューでスパイズ氏は依然としてこの贋作判定を証拠不十分で不服としていると述べています。
今回の起訴内容についてスパイズ氏は「自分は美術史家であって職業としてのスペシャリストではないため鑑定書などは発行していない。自分の出版物における参照として「この作品がカタログレゾネに記載している」と書いただけだ」と主張していましたが、地裁は「彼の美術史家としての意見は鑑定書と同等の価値をもっていた」とこの訴えを退けました。
ル・モンドでは、レイテンバーフ氏への作品販売の際に多数の仲介業者が存在する不明瞭な取引がなされた事が、地裁がベロディエール氏とスパイズ氏両者への652,883ユーロの支払いを命じる理由になったのではないかと論じられています。またブロウインアートインフォ(Blouin Artinfo Germany)が報じた所によれば、スパイズ氏は贋作販売に際して7-8%の手数料を受け取っていたともされており、いずれにせよスパイズ氏の社会的信用回復は困難であるとみられています。

さて、アートを取り巻く信用性の問題について、皆さんはどんな印象を持つでしょうか?
(M.O)

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