2013年6月2日日曜日

SDEA Theatre Arts Conference 2013 (1) -シンガポールにおけるコミュニティシアターの現状

会場はもと裁判所だった文化施設The Art Houseとアジア文明博物館。
 シンガポールでは5月30日から6月2日まで、東南アジアのドラマエデュケーションやコミュニティシアターに特化したTheatre Arts Conferenceという国際学会が開催されています。2013年が2回目となるこの学会は、2002年に設立されたNPO、Singapore Drama Educators Association(SDEA)が主催しており、口頭発表に加え、ワークショップや演劇公演も実施されるとても内容の濃いものです。参加者も東南アジアのほか、欧米や台湾、日本など多岐にわたりました。一度にお伝えするにはあまりに盛りだくさんの内容なので、今回から数回に分けて学会の様子を報告していきたいと思います。初回はシンガポールのコミュニティーシアターの状況についてご紹介します。

 シンガポールでは欧米の理論を下敷きに演劇の手法を用いて様々なコミュニティと協働する活動が盛んに行われています。学会では下記のような実践が紹介されました。

刑務所へのアウトリーチ
 インディペンデント・アーティストのPeggy Ferroa氏は2006年から服役中の受刑者を対象とした演劇アウトリーチを実施しています。アウトリーチの目的は、受刑者たちの攻撃的な態度や行動を更正させることと英語力を高めること。家庭環境の影響で十分な教育を受けることができなかった彼らは自分の英語力にコンプレックスを抱えていて、社会復帰の障害ともなっているのです。 刑務所でのアウトリーチにはたくさんの制約があります。外部から道具を持ち込むことは受刑者の手にわたってしまう可能性があるのでほとんど不可能、時間制限はとても厳しく、突発的な出来事でプログラムが中断されることもあるそうです。紹介された事例では22~52歳の男性受刑者が毎週3回各2時間のプログラムに一年間取り組むというものでした。Ferroa氏はバレエダンサーやボディ・パーカッショ二ストを伴って刑務所を訪問。段階的なトレーニングを続け、最初は刑務所内でのパフォーマンス、そして最終的に彼らは刑務所の外で一般の観客を前にボディ・パーカッションを披露するまでになりました。
 英語力の向上はもちろんのこと、目標を達成する間での過程を細かく分けて考えるスキルを身につけた彼らは、出所後の自分を具体的に想像できるようになったそうです。たとえば当初は漠然と「今の自分を変えたい」と言っていた受刑者が「良い父親になりたい」「運転手の仕事を得たい」「そのための資格を得たい」という風に、優先順位や手段をブレイクダウンして思考するようになったといいます。またFerroa氏の指導は厳しく、自分たちの公演の出来にすぐ満足してしまう受刑者たちに対し、達成できなかった点や改善点は無いかと反省を促します。そうすることで、より高い目標へ向かうモチベーションが培われるそうです。 制約が多く、中に入るだけで20分もかかる刑務所でのアウトリーチは困難の連続です。Ferroa氏は「最初はスリッパを引きずって歩いていた彼らが、アウトリーチの日は生き生きとした足取りで歩いている。そんな彼らが待っているので、問題に直面してもあきらめなかった。」と話していました。

高齢者と演劇
 シンガポールの高齢者と演劇についてはいくつか事例報告がありました。そのうち一つ、女優や演出家として活躍するJalyn Han氏によるオーラルヒストリーと記録のプロジェクト"Memories of Our Dialects"(2012)は、複数の中国語方言を操ることのできるHan氏が地域のお年寄りと対話を重ね、彼らの言葉を元に短いラジオドラマをつくるというもの。シンガポールでは独立後の英語教育とその後の標準中国語教育の結果、方言を理解する若者が減り続け、世代間の意思疎通に支障をきたしています。方言を使い続けるお年寄りの語りに耳を傾けるHan氏の取り組みは慰問や一方的な芸術観の押し付けではなく、常に高齢者に敬意を払ったプロジェクトでした。そうした姿勢は、病院通いで定期的にワークショップに参加できない老夫婦や、せっかく稽古したのに直前で違う歌をアドリブで歌ってしまう老紳士を温かく受け入れるHan氏のファシリテーションにも現れています。
 一方、シニアと舞台公演を作り続けているChang Mei Yee氏の取り組みでは、Chang氏が教鞭をとる専門学校の生徒とシニア、そしてChang氏という異世代間の交流にも焦点が当てられていました。公演という共通目標に向かって異なる年齢の参加者と協働することはシニア達のモチベーションを高め、2010-11年度はわずか20分の公演だったものが、翌年度は2時間の長編へと果敢に挑戦していったそうです。シニアたちの想い出話からストーリーを作り上げるChang氏の手法(reminisce theatre)では誰のストーリーを主軸にするか、そしてそれをどこまで脚色するかが課題ということでした。
 Chang氏の取り組みでは学生と異なる方言をしゃべるシニアの意思疎通を円滑にするため標準中国語が使われたそうですが、こうした言語の選択も、「誰のストーリーなのか」「誰のためのプログラムなのか」という問いと関連してくると思います。

翌日の基調講演でThe Necessary Stageの芸術監督・Alvin Tan氏が、自身が手がけたコミュニティ・プロジェクトを詳しく紹介していました。中にはシニア演劇もあり、著名な演出家の下でシニアの特徴を最大限に生かしつつ妥協無く作品作りに取り組む様子は、さいたまゴールド・シアターを髣髴とさせるものでした。
⇒しかし実際の舞台を見てみると、芸術性を高めるばかりではなくシニアが持つ魅力を自然に発揮するとても元気の出る舞台で、シンガポールらしいユーモアと明るさが詰まった作品となっていました。うまく言語化できませんが、シニアのためだけでもなく、演劇愛好者のためだけもない、寛大で有機的なコラボレーションとでもいえるものが出来上がっていました。

サイトスペシフィックな演劇
 2012年のSingapore Arts Festivalのプログラムの一つParallel Citiesコミュニティと演劇の事例として紹介されていました。Parallel Citiesは”工場”、”ホテル”、”屋根”という場所で、そこにいる人々のパフォーマンスを観て回るツアー形式の公演です。ヨーロッパの都市で実施された後にアジアで初めてシンガポールで行われることになったそうです。シンガポールのアーティスト(Elvira Holmberg, Koh Hui Ling, Lee Chee Keng)と海外のアーティストが組んで、3つの場所で生活する人々にパフォーマーとなってもらうこの試みでは、スペイン語を母語とするアーティストと中国語が母語の工場労働者のやり取りで生じる翻訳の問題、ひとたびパフォーマーとなってしまった一般の人々(たとえば出稼ぎのホテル清掃員)が後に”自称アーティスト”と名乗るリスクなどが指摘されました。参加したシンガポールのアーティストたちは、フェスティバルという形式上、会場となったコミュニティとの関わりが単発的なものになってしまう点が非常に残念だと話していました。

ダウン症の子どもたちとダンス
 学会では会場施設内の劇場で公演も行われました。その中の一つが、ダウン症の子どもたち(と言っても2,30代が中心)のダンスカンパニーY-STARS(動画)による"Bringing Up Ben"という作品でした。この作品はシンガポールとブルネイで知的障害を持った人々と舞台を作り続けているLow Kok Wai氏が脚本を書き、前述のHan氏が演出するというもので、ダウン症の子どもたちが社会に出る過程で幼い頃の夢がかなわないことを知るというストーリーでした。最後はアップテンポのダンスチューンでY-STARSが踊りまくり、観客は彼らのエネルギーに圧倒されていました。

 シンガポール以外の地域のコミュニティシアターの事例発表もありましたが、今回はシンガポールに絞ってお伝えしました。次回はまた別のトピックをご紹介したいと思います。(齋)

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