2014年11月16日日曜日

最近ワルシャワ独特の文化資源には何があるだろうと考えるとき、社会主義時代の遺産が思い浮かぶようになりました


まずその筆頭格として、名実ともに街のシンボルとなっている文化科学宮殿 (Palac Kultury i Nauki)を挙げなくてはいけません。8月にショパン空港へ着陸したとき、飛行機の窓から一目でこの建物だと分かったほどのランドマークです(37階建て、234m)。1952年から四年間かけてスターリンからの“贈り物”として建造されたため、ソ連からの支配と権威主義の象徴としてこれに複雑な思いを抱く市民は多いです。特に昔は高層建築といえばこれしかありませんでしたので、余計に“見下ろされている”感覚が強かったのだろうと推測します。一方で、1989年に体制転換を果したときに壊すに忍びなかったほどの建物であることも事実です。三つの劇場に二つの博物館、映画館にコンサートホールとワルシャワ有数の文化施設が集結しています。建物の設備はさすがに古く、陶器製のシャンデリアや駅の電光掲示板を思わせる映画館の時刻表示に囲まれながら舞台や映画を見ることになります。作品そのものは国内外から集められた良作が多く、古い空間の中で新しいものを鑑賞するコントラストがここにしかない特徴だと思います(劇場の一つ、Teatr Dramatycznyは現在の芸術監督に代替わりしてから質が落ちたと演劇通の知り合いに聞きましたが)。
次にもっと生活に直結した場所を。市内に点在するBar mleczny(ミルクバーの意)はまさに“昭和から続く大衆食堂”といった趣で、味はそこそこですがとにかく安い家庭料理を味わえます。時代に合わせて内装をポップにした店もありますが、個人的にはかっちりしたややそっけない内装といい、働くおばちゃんたちの仏頂面といい、そこだけ昔と変わらない雰囲気を残す店の方が好きです。例としてBar Mleczny Bambinoを挙げますが、ここは周辺が高級な繁華街となりつつあるからこそ余計に時が止まったように感じます。年配層からビジネスマン、ベビーカーを押した家族連れまで幅広い層に利用されています。もちろん私のような学生にも。
 
 

イギリスのバンドTravisLove Will Come Throughという曲があります。そのミュージックビデオに登場するのがKijowska通りの団地です。1973年にできたこの住宅は全長が508m、ワルシャワ西駅から出てくる乗客に殺風景な地域を見せないために長くしたと言われています。これほど横に長いものは他にないとはいえ、ワルシャワの団地といえばこんな感じの場所が多いです。ただし、最近ここを訪れたところ、壁はすべてパステルイエロー・オレンジに塗られ、陰鬱な雰囲気はだいぶ減っていました。壁の色変えのみならず、ウォールアートを施すことも、自己表現以上に場所の雰囲気を変えるために行っているのではないかという例が多い気がします。
ワルシャワのシンボルって何?と聞かれ、文化科学宮殿とあっさり答えるのは歴史の関係上気が引ける。しかしそれ以外に目立ったシンボルもないこの首都には、今日もどんどん新しいものが流入・発生します。その中でも変わらない古いもの、私にとってはこの新旧の融合、両者のギャップが面白いです。それが部分的なものにせよ、社会主義時代をある種の特徴として肯定するのは、その時代から脱皮したがっている地域にとっては大変難しいのだろうと想像します。辛い過去の亡霊からは早く逃れたいものです。ですがそれから完全に逃れられるはずもなく、逆に強みとして捉えるポテンシャルがこの街にはある気がします。というよりも、新しいものが生まれるからこそ古いものにも以前とは違った価値を与えられる数少ない街だとさえいえます。首都を一歩出れば、古いものしか残っていない地域などいくらでも見つかるのですから。
(N.N.)
 

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