8月9日はシンガポールの独立記念日。こちらではナショナルデーと呼ばれ、独立以来毎年この日を祝うパレード(National
Day Parade / NDP)が開催されています(公式サイトで当日の動画配信中)。当初は市街地を行進していたパレードは現在観光名所のマリーナ・ベイ・サンズ・ホテル近くの野外会場(15万人収容)で行われています。老若男女の市民によるパフォーマンスもあるのですが、見どころは軍隊の行進と空軍の航空ショー、そしてクライマックスを飾る花火です。シンガポール在住の日本人からちょっと物足りないという声が漏れている花火は15分ほど続き、イルミネーションが輝く高層ビルの立ち並ぶ夜空を彩るものの、戦闘機の騒音と相まってあたかも戦争が始まったかのような物騒な雰囲気を感じざるを得ません。毎年異なるテーマのもと実施されるナショナルデー・パレードですが、国民に国軍の強さと愛国心を再認識させる舞台となっているのです(今年のテーマは「私の物語、一つのシンガポール」)。今年はそんな喧騒から離れて一味違ったイベントに参加しました。以前ご紹介した旧マレー鉄道路線跡の散策と、道路建設で一部が破壊される華人共同墓地ブキット・ブラウンの特別ツアーです。
枕木が撤去された鉄道路線跡。 まさに緑の回廊。 |
シンガポールとマレーシアを結んでいた鉄道の廃線を機に市民団体の保存活動を行い、現在シンガポールの中心部を縦断する全長約26キロの路線跡がウォーキングとサイクリングのための緑の回廊(Green Corridor)として保存されています。市民有志の呼び掛けで行われた路線跡の散策は、独立記念日に自然と文化遺産の残る路線跡を歩いてシンガポールの未来を考えましょうという趣旨。国籍も年齢も様々な130名ほどが朝8時半から夕方4時まで、約15キロの道のりを歩きました。
道中には鉄道に関連した鉄橋や家屋、労働者のためのヒンドゥー寺院などが点在し、散策の最終地点が華人共同墓地ブキット・ブラウンとなっています。枕木の撤去された路線跡には緑が生い茂り、色鮮やかな熱帯の花々、トンボ、野生の鶏など都市国家シンガポールのイメージとは程遠い豊かな自然が目の前に広がります。
廃線となった後も残る鉄橋と線路。 |
以前「使って守る文化遺産」としてこの路線跡で開催されたマラソン大会をご紹介しましたが、それ以降は大規模なイベントは行われておらず、緑の回廊が将来も保存されるづける保証はありません。参加者の一人が「使う人が居なくなったら再開発が始まってしまうかもしれないと思って参加した」と言うように、このイベントには緑の回廊を自然のままに保存したいというメッセージも込められていました。また他の参加者は「税金を使って遊歩道を新たにつくるのではなく、現存する自然のままの姿を残したい」と話していました。
さて、ゴール地点にある広大な華人共同墓地ブキット・ブラウンでは毎週末市民ボランティアによるガイドツアーが行われ、道路建設の反対と墓石の文化的価値や埋葬されている先人たちの経歴、自然の豊かさなどを紹介しています。ナショナルデーには建国48周年にちなんで偉大な先人48人の墓をピックアップして献花する特別ツアー“National Deceased Pioneers”が行われ、鉄道跡散策の参加者の一部にツアーのために墓地を訪れた人を加えた約80人が参加しました(ナショナルデー・パレードの略称NDPを文字っている)。
各々花を手にジャングルに埋もれた墓石を見学した後は、シンガポール国歌を歌い、国民の誓い(National
Pledge)を唱えます。多言語社会であるシンガポールの公用語は英語、華語(北京語)、マレー語、タミル語の四つですが、国家は国語であるマレー語で歌われます。人種・言語・宗教を越えて一緒に平和で民主的な国を発展させていくことを誓う国民の誓いは、愛国心育成の一環としてシンガポールの生徒たちが毎朝斉唱しているものです。
ボランティアガイドの案内でジャングルの奥に眠る 華人のパイオニアの墓石を訪れ献花する。 |
国家から国民の誓い、そして1分間の沈黙という流れは、前述の政府が実施するナショナルデー・パレードのプログラムに倣っているようです。しかし、それが行われる場所と仕方は大きく異なっていました。シンガポールに移り住むまで多民族社会に暮らしたことのなかった自分にとっては「異なる民族・宗教・言語を越えて一つになる」という概念は言葉として理解できても、実感し難いものであり、美麗美句の域を抜け切りませんでした。独立記念日を共に過ごしたシンガポールの人々は、生まれた場所も外見も宗教も母語も異なります。そんな彼らが上記のような国民の誓いを諳んじる姿は感動的でした。誰彼となく隣の人と手を繋ぎ合って1分間目を閉じると、ジャングルの木々が風に揺れる音や虫の音が耳いっぱいに広がり、所狭しと高層建築が建てられていくこの国で、こうした音の聞ける場所の貴重さが身に沁みます。しかし市民の訴えも空しく、政府は先日墓地を横切る道路建設の計画決定を発表しました。1分間の沈黙を終えると間もなく空軍機が大きな音を立てて上空を横切り現実に引き戻されました。(保存運動サイトの記録)
墓地でのイベントの模様は、「それぞれのやり方でナショナルデーを祝う人々」として、翌日の無料新聞に写真入りで大きく掲載され、墓地問題への関心の高まりが感じられました(オンライン版は要約のみ)。建国48周年を迎えたシンガポールの人々は、これから先もっと違ったやり方でナショナルデーを祝福するようになるのでは、と思っています。(齋)
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